1月は行く、2月は逃げる、3月は・・・。あっというまに3月に。弥生3月。
2024年2月29日木曜日
弥生@福岡市立美術館、松本市立美術館と直島
1月は行く、2月は逃げる、3月は・・・。あっというまに3月に。弥生3月。
2024年2月28日水曜日
永遠の都ローマ展@福岡市立美術館
芦雪(ろせつ)展→ろ○○展→ローマ展。というわけではなく、イタリア旅行の思い出にひたれるかということで、「永遠の都ローマ展」@福岡市立美術館へ。
2024年2月27日火曜日
芦雪@九州国立博物館
事務所のみなで九州国立博物館を訪れた日は残念ながら特別展をやっていなかった。常設展だけ見学した。常設展には、観世音寺で見そこねた梵鐘も展示されている。
2024年2月26日月曜日
太宰府路散策(第2回)(5)
戒壇院で向井弁護士と富永弁護士が早退した。午後から筑紫野市生涯学習センターで無料法律相談会を予定していたからだ。
2024年2月21日水曜日
太宰府路散策(第2回)(4)
2024年2月20日火曜日
太宰府路散策(第2回)(3)
大宰府政庁跡に到着。南門跡をぬけ、中門跡に立つ。いつもながら広々としてヌケ感がすごい。背後の四王寺山・大野城ととりあわせて、おだやかな気持ちになる風景だ。
右手大宰府展示館へ向かう。展示館前に教科書にのっていた有名な万葉歌の碑がある。
あをによし奈良の都は咲く花のにほうがごとく今盛りなり 小野老
大宰少弐として着任した際の歓迎宴で詠まれた。先の大伴旅人とほぼ同時期。歌の趣旨も旅人が着任の際に詠んだ歌と同旨か。大宰府の官人たちへの挨拶。奈良の都は花盛りに栄えていましたよ。
政庁跡の北西角、坂本八幡宮に向かう。大伴旅人邸跡と推定されている(可能性の一つ)。仮にそうだとすれば、万葉集の「梅花の宴」はここで催されたことになる。
「梅花の宴」には前書きがある。このあたりが令和の里と呼ばれるゆえんである。
初春の令月にして、気淑く風和らぎ、梅は鏡前の粉を披き、欄は珮後に香を薫らす・・
「梅花の宴」収載の三十二首もここで詠まれたはず。このあたりには先の三十二首のうち、いくつかの歌碑がある。まず巻頭歌。
正月立ち春の来らばかくしこそ梅を招きつつ楽しきを経め 紀男人
主人である大伴旅人の歌(8番)
我が園に梅の花散るひさかたの天より雪の流れ来るかも
筑前国守であった山上憶良の歌
春さればまづ咲くやどの梅の花ひとり見つつや春日暮らさむ
坂本八幡宮から東、観世音寺へ向かう。左手に旅人の歌碑がある。
世の中は空しきものと知る時しいよよますますかなしかりけり
妻を亡くした後の歌だ。山上憶良も追悼歌を寄せている。
大野山霧立ち渡るわが嘆く息噎の風に霧立ちわたる
大野山はいまの四王寺山(大野城)のこと。四王寺山に霧が流れると、旅人の嘆きが立ちわたってくる。
2024年2月19日月曜日
太宰府路散策(第2回)(2)
御笠山の名は宝満山になっている。それでは御笠川の名も宝満川になってよいのではないか?もっともな疑問であるが、宝満山南部に発し、南のほう筑後平野へ流れ下り、筑後川と合流する川の名が宝満川となっている。そのせいか、こちらの川は御笠の名を残している。
朱雀大橋を歩いて、御笠川を渡る。渡り終えるとすぐ左手に歌碑がある。
大君の遠の朝廷とあり通ふ 島門を見れば神代し思ほゆ 柿本人麻呂
この歌には万葉集に題詞がある。「柿本人麻呂の筑紫国に下りし時に、海路にして作れる歌」。筑紫への海路・海峡を見れば、古事記にあるイザナギ・イザナミによる筑紫の国産みの時代が思い起こされるなぁ、筑紫の神さま海路の安全を頼んます。
この場所になぜ、このような歌碑が?この謎は歌碑の裏に回ればすぐ解ける。そこに大宰府正門(朱雀門)の礎石があるから。そして、朱雀大通りの北を見れば大宰府政庁(=遠の朝廷)跡が見えている。島門(海峡)ではなく正門であるが、たしかに大君の遠の朝廷とあり通ふ門なのである。
正門は平城京・平安京でいえば羅城門である。聖俗の境界。鬼も出る。芥川龍之介の小説『羅城門』の舞台にもなれば、黒澤映画「羅城門」の舞台にもなる。
朱雀大通りをはさんで両側にこの礎石があったとすれば、とても大きな門である。VRがあれば、ここから大宰府政庁の豪壮な建築を見ることができるだろう。そこからいまは住宅地になっているところを2ブロック歩くとようやく大宰府政庁跡に到着。
歌碑探しゲームをかねていたところ、参加の子どもが歓声をあげる。三叉路になっている政庁跡の信号をわたると、右手にまた歌碑がある。
やすみししわが大君の食す国は大和もここも同じとぞ思ふ 大伴旅人
60歳をすぎて大宰帥として大宰府に赴任したときの歌である。九州にやられたけれど、都もここも同じだと思う。赴任時の気概とも、やせがまんともとれる歌である。
妻・大伴郎女をともなっていたが先立たれる。それ以後つくられた、酒を誉め、妻を偲ぶ歌が多数、万葉集に残されている。妻に先立たれなければ、ただの官人に終わったかもしれないが、そうでないところが人生と歴史の妙である。
2024年2月15日木曜日
太宰府路散策(第2回)(1)
2024年2月14日水曜日
『使える禅』
『使える禅』(曹洞宗住職桝野俊明監修・朝日新聞社刊)。京都国立博物館「東福寺展」のグッズコーナーで購入した。
「東福寺展」を鑑賞することにより、禅・禅宗に関するバラバラな知識が集約され体系的な理解がうながされたことは先述のとおり。さらに、この本を購読することで、その理解が深まった。
栄西は喫茶の習慣を日本にもたらし、喫茶の週間はわれわれの朝食から夕食まで日常一日の生活の隅々までインプットされている。
おなじく禅の考え方も、われわれの生活のあちこちに染みこんでいると感じた。まず「主人公」にはじまり「日々是好日」まで、われわれが普段禅とは無関係と思って使っている言葉が禅語であることに驚く。
禅の最大の特徴は「禅即行動」。「身体での実践」を重視している。まずは「調身、調息、調心」。身(姿勢)を調えれば息が調う。息が調えば心も調う。
過去や未来でなく「いまここ」「自分がやるべきこと」だけに集中する。過去は変えられない。失敗や恥ずかしいことは何度考えてもモヤモヤする。未来は考えれば考えるほど不安になる。一番よいのは「いまここ」に集中して「自分がやるべきこと」をひとつずつ実践していくことだ。
高校時代の校長先生が朝礼で「稲刈りで重要なことは目の前の稲束に集中することだ、田全体をみわたすと気が遠くなりやる気が失せる」とおっしゃっていた。
弁護士の顧客に多いのは「いまここ」に集中できず、過去や未来について堂々巡りをして悩んでいる人たちだ。
そのような人たちの注意を「いまここ」に引きつけ、いまやるべきことを一つずつ実践していただく。われわれの仕事をいいかえれば、そういうことだ。校長先生のお言葉をお借りすることも多い。
一度しかない人生、心を強く持ち、「今」なすべきことだけに全力を傾けられる自分を身体の実践「行」を通して作る。このような考え方は、禅を学んだわけではないが、自分も日々実践しているところだ。
修行を通じて悟りに至る。修行で重視されているのは坐禅と禅問答。前者を重視するか、後者を重視するかで、臨済宗や曹洞宗といった流派の違いとなる。
しかし日常生活の行いすべてが修行となる。自分は山歩きは歩く禅だと考えてきた(禅のことは知らないままに)。
禅のもとの意味は「静慮」。心を集中して正しく思惟するため坐禅を組むこと。坐る禅だけでなく、歩く禅でも、心を集中して正しく思惟することができるのではないだろうか。
2024年2月13日火曜日
~からの、萬福寺
そう、旅のはじまりは京都国立博物館「東福寺展」なのである。そこではじめて禅宗とは何かについて体系的に学んだ気がした。






















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