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2025年4月6日日曜日

三歳の孫と立花山登山

 

 三歳の孫と登山シリーズ第2段。前回は宗像市の城山登りだった。

 http://blog.chikushi-lo.jp/2025/02/blog-post_7.html

 こんかいは福岡市東区にある立花山。複数の峰からなる。最高峰は井楼山367.1m。戦国時代には立花山城があった。柳川の初代城主・立花宗茂の、あの立花だ。

 山は常緑樹・照葉樹林におおわれているが、そのなかにクスノキの巨木がたくさんはえている。原生林は国の特別天然記念物に指定されている。


 屏風岩。367.1mの山であるが、立花口からのルートはけっこう険しい。あとひといき。


 山頂から。博多湾とアイランドシティ。都市にちかい山であることを実感。


 志賀島、能古島、玄海島。向こう岸は糸島、可也山。


 北をのぞむ。沖に相島、大島。福間海岸、恋の浦、在自山、そして前回登った城山(宗像四塚)。

2024年8月6日火曜日

大雪山・旭岳~トムラウシ山縦走(1)

 

 きのう65歳になった。弁護士38年目である。はやいものだ。健康を維持しつつ、仕事と人生を楽しんでいきたい。

健康のバロメーターはやはり登山だろう。難所、難関にいつまでトライすることができるのか。

ことしも6月末に、北海道の大雪山・旭岳~トムラウシ山縦走にトライした。旭岳もトムラウシ山も日本百名山。なかでもトムラウシ山は難関のひとつだ。

総距離にして40キロメートル以上、2泊3日を要する、営業小屋なし、食事・水・寝具などは自分で担いで歩かなければならない、ザックが15キログラムちかくまで膨れ上がる、なかでもカメラが重い、天候が厳しく風強く急変あり、2000メートル級だが緯度が高いのでアルプスの3000メートル級に匹敵する、ヒグマの生息地のなか、白雲岳避難小屋から先はエスケープルートなし、などなど負担と危険がいっぱいだ。

実際、2009年(平成21年)7月には、大量遭難事故が発生している。ツアーガイドを含む8名が低体温症で亡くなった。

これまで4度チャレンジし、2度しか完登できていない。打率5割。いずれも天候悪化が見込まれたため、白雲岳避難小屋から黒岳方面へエスケープした。こんかいが5度目の挑戦だ。はたして縦走できるだろうか。

北海道には梅雨がないといわれる。花の季節は7月上旬だ。しかし7月上旬になると登山者が殺到するので混雑するし、去年はヒグマの母子が出没したため断念した経緯があった。そこでことしは1週間早めて6月末に計画した。

計画をたてると半年前には航空券を予約するので(早いほうが安いという経済的理由)、直前に天候悪化が見込まれても変更はできない。天候悪化が見込まれれば、登山計画のほうを変更するしかない。

大雪山・旭岳の登山口は旭岳温泉であるから、もよりの空港は旭川空港だ。しかし福岡からの直行便はない。羽田を経由しなければならないが、そうすると航空券が割高になってしまう。やむなく直行便が運行している新千歳へ向かう。

年初に大地震に見舞われた能登半島上空を飛行機は通過した。富山湾、立山連峰、後立山連峰が見える。さらにその右奥には富士山の姿も見えた。

2024年5月8日水曜日

怪鳥会の春遠征(5)和泉葛城山

 

 石山寺詣ののちはJR線、環状線、南海線を乗り継いで岸和田へ行った。年始から里帰りしているメンバーと夕食。

 宿泊したホテルからは西方に大阪湾、淡路島、六甲山など懐かしい風景をのぞむことができた。


 翌日は和泉葛城山に登った。大和葛城山と区別するため、和泉を冠する。


 登山者の無事を祈るためか、一丁(一町、109メートル)ごとにお地蔵さんが並んでいる。このお地蔵さんは右に十丁と表記されている。


 植林がつづく。手入れされた美林である。


 登山道は林道と交錯しながら登っていく。ガスガスである。


 クモの巣が多い。昆虫も多いということだ。ということは花も多い。


 タチツボスミレか。スミレは仲間が多いのでシロウトにはむずかしい。


 ノイチゴの花にマルハナバチ。マルハナバチは『失われた時を求めて』にでてくる。 


 ツチグリ。キノコだが、名前のとおり栗のようだ。


 山頂部がちかづくと落葉樹の新緑が美しい。


 葛城神社。大阪側と和歌山側にふたつの祠がある。府県境はこの祠の左奥隅。石の角が削られている。和歌山側には高野山や大峰の山々がのぞめるはずだが、この日は見えない。


 山頂部には、ブナの森がひろがる。ブナは落葉樹で北部の樹であるから、こんな南部で森がひろがっているのは珍しい。 


 ブナの美林のなかを進む。足もとはミヤコザサ(クマザサではないらしい)。


 山頂では、母校の数学の先生であったかたと奇跡の出会いがあった。いろいろな肩書きをおもちだが、この日は環境省の自然公園指導員として野鳥の調査・保護活動をおこなっておられた。これはクロツグミ。


 キビタキ。去年も確認された個体で、この1年で南方へ渡り、そこから戻ってきたらしい。こんな小さな体でそんな長旅をしてきたかと思うとビックリ。


 和泉葛城山の登山口付近はややこしいが牛滝山と呼ばれる。


 大威徳寺(本堂)。役行者の開創と伝わる山岳寺院。葛城修験の道場。


 多宝塔(十分)。


 青モミジが美しい。

2024年4月25日木曜日

怪鳥会の春遠征(3)武奈ヶ岳(2)

 

 武奈ヶ岳をくだる。まずは登ってきた御殿山方面が見えている。


 すぐの分岐を南へ。コヤマノ岳、比叡山方面が見えている。
 登りは武奈ヶ岳の背後(西)から登ってきた。帰りは琵琶湖方面(東)へくだる。


 いまの季節、コブシが咲いている。写真ではまったく伝わらないが、街路樹のように登山道沿いに林立していた。ぜいたく。



 武奈ヶ岳というだけあって、ブナ林がひろがる。なかにはこんな樹も。妖怪なのか怪獣なのか。樹に姿を変えられたというかんじ。


 ここかしこで琵琶湖がみえる。残念ながら霞んでいる。だが、きょう宿泊する予定の近江舞子の内湖は見えている。



 イワウチワ。葉がウチワのようであるから。かれん。花言葉は春の使者。


 オオカメノキ。葉がカメの甲羅のようだから。別名ムシカリ。葉が虫の大好物だから。


 クロモジ。和菓子に添えられている楊子でおなじみ。


 コブシもそうだったが、クロモジも群生がすごい。花に酔いそうだ。 


 とか思っていたら、アセビ。馬酔木と書く。馬がこれを食べると酔うから。人が花に酔うなら、馬も花に酔うのか。


 八雲ヶ原の池ではアカハライモリがたくさん。恋の季節。カップルや2匹で彼女を奪い合っている連中もいた。この子はひとり孤独をかこっている。


 シャクナゲ。色が濃い。そういえば登山口の明王院でも咲いていた。ようやくおなじ標高までくだってきたということだ。


 さらにくだるとミツバツツジ。名前どおり葉が三つ。


 登山口ふきんまでくだると、ヤマザクラ。ことしのサクラの見納めだろうか。やはり春山はいい。

2024年4月22日月曜日

怪鳥会の春遠征(1)

 

 怪鳥会の春遠征。まずは伊吹山に登ろうと金曜の夜に出発し、彦根に宿泊。ホテルの窓から国宝をのぞむことができた。ぜいたく。


 ところが、伊吹山は斜面崩壊のため登れないことが判明。

 https://www.city.maibara.lg.jp/mtibuki/index.html

 痛恨のリサーチ不足。やむなく行き先変更。選択肢は1 ドライブウェイで伊吹山、2 翌日予定していた武奈ヶ岳の前倒し、3 霊仙山、4 京都一周トレイル(稲荷山~蹴上)。翌日の天気予報が悪かったことから2とすることとした。

 写真は彦根駅前。徳川四天王のひとり、井伊直政像。昨年はNHK大河「どうする家康」で板垣李光人が演じたため、女性陣が騒がしい。


 武奈ヶ岳に登るには、琵琶湖を時計回りに半周廻って西岸へ行き、比良をめざさなければならない。まずは山科へ新快速で。途中、キティちゃんをラッピングした特急はるかが追い抜いていった。はるかは、関空のアクセス列車。野洲、草津と関空を結んでいる。明後日は岸和田に行く予定だったので、旅心は嫌が応にもたかまる。


 山科から湖西線で比良へ。比良で降りた。タクシーは待機していない。タクシー会社に電話。しかし、来られないという。この時間帯、高齢者の施設・病院への送迎で忙しいのだろう。
 やむなく堅田に引き返す。待機していたタクシーで坊村・明王院へ。標高が高くなるため途中、川沿いに遅咲きのサクラが満開であった。明王院にはシャクナゲが咲いていた。いよいよだ。

2024年4月18日木曜日

青螺山~黒髪山縦走

 

 薬害肝炎原告団総会@長崎のあとは、八尋大兄とふたりで青螺山~黒髪山を縦走した。
 西九州新幹線で武雄まで、そこから在来線で有田まで。有田からはタクシーで龍門ダムの登山口まで。
 写真左が青螺山(せいらさん)618m、右が黒髪山(くろかみやま)516m。低山であるが、ともに美しい名である。黒髪山は新日本百名山。


 名の美しさに騙されてはいけない。きれいな花にはトゲがある、美しい女には・・・。青螺山には断崖・絶壁がある。


 だけでなく花もある。ミツバツヅジが咲いていた。セイラの花、セーラーフラワー。こうなったら月夜に登ってみたいものだ。セーラー・・・。


 ふりかえると、登山口のあった竜門峡・龍門ダム。龍門というのは登龍門というばあいのあれだ。登竜門とは難関突破のこと。まさに難関の山を突破した。




 黒髪山に登ると、有田ダムがみえた。向こうは有田市街だ。 


 黒髪山も山頂部はけわしい。鎖場の連続だ。有田焼は李参平が磁器の原料となる原石を有田で発見したことが発祥。こうした難しい地形は、そうした原石の存在と関係しているのかもしれない。


 難関突破が得意な八尋大兄も苦労している。


 黒髪山は古くからの霊山。
 山頂ちかくに西光密寺がある。寺伝によると、弘法大師空海が入唐求法の途上、遣唐使船が平戸係留の間に、無事の渡航を祈念して登頂、帰朝の際にもお礼参りの登頂をして、不動明王を安置したのがはじまりという。われわれも登山の無事と平和を祈念して下山した。