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2024年2月13日火曜日

~からの、萬福寺

 



 三室戸寺の門前まで戻る。さてつぎはどこへ行こうか。宇治というからにはやはり平等院鳳凰堂かと思いつつ坂をくだっていると、「右手2km萬福寺」という看板がでていた。

そうかよし、萬福寺へ行こう。きょうだったら源氏物語ミュージアムに確定だっただろう。しかし、そもそもこの旅のはじめを思い出してほしい。といっても覚えていないと思うのでURLを貼り付ける。

 http://blog.chikushi-lo.jp/2023/12/blog-post_15.html 

そう、旅のはじまりは京都国立博物館「東福寺展」なのである。そこではじめて禅宗とは何かについて体系的に学んだ気がした。

教科書で学んだ知識や美術書で書かれていたことなど、いままでバラバラだった知識が一定のまとまりをみせた。

禅宗は釈迦から28代目の弟子である達磨(ダルマ)がこれを開いた。そこからさらに脈々と高弟がつづき、臨済義玄が臨済宗を、曹山本寂と洞山良价が曹洞宗を開いた。それぞれ悟りに至る途、修行の仕方が異なる。

これは教科書に書かれていたと思うが、日本の禅宗は臨済宗、曹洞宗、黄檗宗の3宗である。といっても、黄檗宗は臨済宗の一派である。

前2者は鎌倉時代に栄西、道元により伝えられ、後者は江戸時代、隠元により伝えられた。隠元は中国・明時代の人である。

などということが頭のなかをめぐり、萬福寺に向かうことにした。歩きである。途中、茶畑が広がっていた。もちろん宇治茶である。インゲンマメ畑は見受けられなかった。

萬福寺は、江戸時代、中国人(福建省)の隠元により伝えられたせいか、長崎にある崇福寺や興福寺などに似ている。極彩色で、いささか派手な印象。

そう思ったのはランタンフェスティバルの最中だったことも影響している(二枚目の写真の右手にランタンの一部が見えている。)。自転車に乗ったおばあちゃんが「夜来たほうがいいのに。」と言ってすぎさっていった。そうか、悟りへの途は遠い。

2024年2月8日木曜日

~からの、三室戸寺

 




 わが庵は都のたつみしかぞすむ世をうぢ山と人はいふなり 喜撰法師

 二条城天守跡から都のうしとら比叡山延暦寺をのぞんだ後は、都のたつみ宇治へ向かうことにした。宇治は、平等院ではなく、三室戸寺(みむろとでら)である。

以前に訪ねたことがあったが、なんとお休みだった。これには虚をつかれた。お寺は毎日開いているものだと思っていたから。

考えてみれば、働き方改革のご時世、お寺が全山休業して社員旅行に行ったっておかしくない。そこでリベンジ。お寺にリベンジなどというとバチが当たりそうだが。

二条城前から地下鉄東西線で三条京阪。三条から京阪電車で中書島、宇治線に乗り換えて三室戸駅。そこから東へすこし歩く。

伝承。宮中に金色の霊光。白壁王は、藤原犬養に命じて、その光のもとを調べさせた。犬養が宇治川(支流)の上流まで達すると、滝壺に二丈ほどの千手観音が。それを本尊として創建したのが本寺であるという。

かくて本尊は千手観音(秘仏)。西国三十三所第10番札所。やはり花山院も訪れたはずである。そのせいか、花の寺として名高い。が、この日は晩秋、紅葉も終わりであった。

宇治川は三室戸駅の西を流れているので、残念ながら渡ることはない。が、ご詠歌は、

 夜もすがら月をみむろとわけゆけば宇治の川瀬に立つは白波

さて、この後はどうしよう?宇治まで来たのでやはり宇治川、平等院鳳凰堂、宇治神社、宇治上神社、源氏物語ミュージアムか・・・。