2025年7月24日木曜日
大雪山~トムラウシ山縦走(8)高天原
2025年7月23日水曜日
大雪山~トムラウシ山縦走(7)白雲岳避難小屋~
二日目の朝。きょう歩くコースを朝日が東(左)から照らしている。
手前中央の広いところが高天原、その向こうに左から忠別岳、五色岳、化雲岳、いちばん奥の王冠の形がトムラウシ山である。
高天原の右手は化雲沢川が流れ、大きく凹んでいる。忠別岳、五色岳、化雲岳がそれをお鉢状に取り囲んでいる。ここもカルデラ地形なのかもしれない。
本日の目的地であるヒサゴ沼は、化雲岳とトムラウシ山の間の凹地にある。ここからでは見えない。
あまりにも広大なので、凹凸がないように感じるが、実際はそうではない。またヒグマの多数徘徊する地域でもある。
この縦走コースで、ここを踏み出すときがいちばん緊張する。ここを踏み出してしまうと、容易には引き返せなくなるからである。
白雲岳避難小屋をひとり出発する。ハイマツの樹上で野鳥が美しい声で鳴いている。見送ってくれているのだろうか。胸元が赤いのでノゴマだろう。夏、北海道で繁殖する夏鳥だ。
2025年7月16日水曜日
大雪山~トムラウシ山縦走(6)白雲岳避難小屋
白雲岳避難小屋から数十メートルくだったところに幕営地がある。きょうも20張りほど、いろとりどりのテントが張られている。
幕営地の背後は白雲岳と水場のもととなる雪渓である。本避難小屋と幕営地はこの豊かな雪渓の雪解け水をあてにして設置されている。
2,3年前から、ここらあたりまでヒグマが徘徊するようになった。昨年も雪渓の上部を徘徊していた。パンダのようなやつだ。ことしはこの時点ではまだだったが、SNSによると7月6日ころ現れたようだ。ニュースでも頻回にクマの被害が報道されるようになった。気をつけなければ。
小屋周りは、高山植物が咲いている。雪渓が溶けたところが春で、あわせて夏がやってくる。高山で多様な高山植物が咲く理由だ。
エゾハクサンイチゲ。
おや、エゾウサギだ。高山植物をしきりに食べている。しばらくして見物人が増えてきたのを嫌気したのか、ハイマツのなかに逃げ込んでいった。
2025年7月15日火曜日
大雪山~トムラウシ山縦走(5)北海岳から白雲岳避難小屋へ
大雪山のお鉢のふちを反時計まわりにまわって北海岳まできた。ここからコースは南に折れて白雲岳方面へ向かう。
広大な高原が広がる。右手に見えているの(ツーピークス)が白雲岳である。左手(なだらかな山)は小泉岳。小泉岳のやや右手に白雲岳分岐という両岳の稜線をつなぐ乗越(峠)がある。
晴れていれば道は明らか。しかし一番最初に縦走をめざしたときは、残雪が広く残り、かつ、ガスがかかっていたため迷った。大阪から来たというおじさんとともに。おじさんは3回目であったが、積雪やガスといった状況が違っていたのでやはり分からなくなっていた。
白雲岳分岐までの道は強風のため、基本的には荒れ地であるが、ところどころに花畑が広がっている。
東に後旭と旭岳(右)。旭岳のむこうがわから歩いてきた。はるかに遠くきたもんだ。
ようやく白雲岳避難小屋に到着。きょうはここで宿泊だ。最後の登り。ふう。
2025年7月14日月曜日
大雪山~トムラウシ山縦走 (4) 間宮岳から北海岳へ
間宮岳からお鉢平をのぞむ。お鉢平は3万年前の爆発的噴火により生じたカルデラである。地中のものが爆発的に噴出した結果、山の中央が沈降してできた。直径2キロメートル、じつに雄大な絶景である。
このお鉢のふちに沿って外輪山が連なっている。時計まわりに、中岳、北鎮岳、凌雲岳、桂月岳(島村桂月の桂月)、黒岳である。
https://www.google.com/maps/place/%E5%A4%A7%E9%9B%AA%E5%B1%B1/@43.6798686,142.880764,2281m/data=!3m1!1e3!4m6!3m5!1s0x5f0d2919b0d066f3:0x60a5eafec33c7b38!8m2!3d43.6850658!4d142.8063076!16zL20vMGI3ejh4!5m1!1e4?entry=ttu&g_ep=EgoyMDI1MDcwOS4wIKXMDSoASAFQAw%3D%3D
反時計まわりに、松田岳、北海岳、黒岳である。きょうは反時計まわりに進む。
お鉢平のなかにはいまなお有毒ガスを噴出する噴出口がある。
南に白雲岳がみえている。
2025年7月13日日曜日
大雪山~トムラウシ山縦走(3)旭岳から間宮岳へ
間宮岳(2185m)。樺太を探検した間宮林蔵の間宮である。間宮の業績は尖っていたかもしれないが、間宮岳はピークをさがすのに苦労するほどまったいらである。
2025年7月10日木曜日
大雪山~トムラウシ山縦走(2)『芭蕉紀行文集』(岩波文庫)
避難小屋だけで山中2泊3日となると、ザックの重量は15kgくらいになる。
いちばん重たいのは一眼レフカメラである。そろそろ体力と相談して軽いものに替えようかとも思う。100名山を踏破したときは、コンパクトカメラだった。その後、九州の登山雑誌「のぼろ」に大崩山の写真を提供しようとしたとき、コンパクトカメラの画像ではダメだといわれたことがあった。それがきっかけで山に一眼レフをもっていくようになったのだけれど、そろそろ限界かとも思う。
つぎは着替えだろうか。レインウエア、帽子を含む。3日間おなじ服でもよいのだが、地上に降りたときに廻りに迷惑をかけることになる。寒さ対策や、雨に濡れたときの着替えも必要である。その他前乗り、後泊のことも考えると、けっこうなボリュームになってしまう。
このコースでは水の重さも無視できない。北アルプスなどの営業小屋であれば、水を無償あるいは有償で提供を受けることができる。しかし避難小屋なので、自分で調達しなければならない。雪渓の雪解け水は豊富である。が、そのまま飲むとキタキツネの糞にふくまれるエキノコックスに感染してしまうおそれがある。煮沸が必要である。それを最低でも2リットル=2キログラムくらいは持ち運ぶ必要がある。
食料は乾燥させたものが多い。その他行動食(疲れたときは乾燥させたものより、ゼリー状のものが喉をとおりやすい。すると重くなる。)。シュラフ、スリーピングマットなど。バーナー、ガスボンベ、ナベ類、ダスター。トレッキングポール。コンパス、ココヘリ、クマ鈴、薬、日焼け止め。簡易テント、携帯トイレなど。
最後に悩むのが本である。むかし患者の権利法をつくろうということで、医療問題研究会で欧州を7日間ほど視察したことがあった。メンバー10人くらいのなかに辻本育子弁護士がいらしたのだが、荷物のなかに10冊くらい本を持参されていた。一般には2~3冊だったので驚くほどのボリュームだ。
自身も認める活字中毒でいらっしゃる。旅の途中で本が切れるかと思うと心配でたまらない。結果、大量の本を持参することになる。読んだ本は他のメンバーに贈与したり、おしげもなく捨てたりされていた。いまでは電子書籍もあり、本は情報の塊にすぎなくなりつつある。当時はそこまでなくて、本を簡単に捨ててよいものだろうかと思った記憶がある。
これほどではないが、自分も旅の途中で本が切れるのは心配である。たくさん持って行きすぎて失敗したなと思うことも多い。ほんらいならジョイスの『ユリシーズ』(集英社文庫)を4冊全部といわないまでも、1~2冊持って行きたいところである。
しかし大雪山~トムラウシ山縦走となると、本を厳選する必要がある。本の重さで遭難したりすると洒落にならない。
そんなとき頼りになるのは、『芭蕉紀行文集』(岩波文庫)である。うすい、全180頁。ジョイスの『ユリシーズⅠ』が687頁あるのと比べれば3分の1未満である。
『芭蕉紀行文集』は、「野ざらし紀行」、「鹿島詣」、「笈の小文」、「更科紀行」、「嵯峨日記」からなる。作者はもちろん松尾芭蕉である。
紀行文集であるから、旅情をかきたててくれ、旅のおともにもってこいである。短篇集のようになっているから、読みやすい。それでいて近世の文章であるから、適度に難解である。滋味深く、繰り返し読んでも退屈しない。もう4~5回は読んだと思うが、飽きない。
旅のおともとなると、ふつうは流行作家の推理小説というところだろう。空港や駅の本屋のラインナップをみればわかる。しかし180頁の推理小説など読んでしまえば、2度と読み返す気にはなるまい。そこが『芭蕉紀行文集』との違いである。
じつは山中で読む機会はほとんどないのである。が、これがザックに入っていると思うだけで安心である。じつに心強い。
