2025年6月17日火曜日

残雪の槍ヶ岳(8)日没

 

 この時期、日没は18時30分ころである。山小屋の夕食は早く17時にはじまり、17時30分には終わっている。

 18時を過ぎると、みな小屋を抜け出し、陽が没していくさまを嘆賞する。山の2大イヴェントは日没と日の出である。

 南を望むと、大喰岳、その左奥に穗高連峰。右側が飛騨・西側である。西日が大喰岳の西壁を照らしている。


 西日が平行線となり、槍の穂先を上下に分割している。猛者は穂先で日没を待っている。かれらは日が暮れてから穂先をおりてくるのだから、すごい。


 西を望むと、飛騨側。雪面の向こうに日が没していく。雪面がキラキラと輝き美しい。きょうは黄砂がつよい。かすんでいる。


 飛騨の名峰・笠ヶ岳の左肩を日が没していく。やわらかい稜線と柔らかい日没光がマッチしている。


 黄砂の層があつく、くっきりとした日没にはならなかった。残念。暖色の画面からは意外かもしれないが、風がつよく寒い。さあ小屋に戻ろう。

2025年6月16日月曜日

残雪の槍ヶ岳(7)槍の穂先

 

 肩の小屋でしばし休憩したのち、槍の穂先をアタックする。今回の登山で最難関なポイントである。

 登り終えた人たちにインタビューする。今日の穂先のコンディションはどうなっているのか?ピッケルは必要かアイゼンは必要か?

 困ったことに意見はバラバラだ。自分と同等の技術と経験とおぼしき人の意見にしたがい、ピッケルは持たず、12本歯アイゼンは装着していくことにした。


 穂先の9合目あたりに先行者が登っているのが見える。赤いウェアだ。下からだとほぼ雪や氷がないように見える。しかしそうではない。


 登る途中は怖いので、写真撮影どころではない。5合目あたり。なんとか1枚撮ることができた。肩の小屋が小さく見えている。


 最後の登りは鉄製ハシゴである。12本歯アイゼンがじゃまになる。爪先がハシゴの段にひっかかりそうになる。金属がすれあう音がまた恐ろしい。


 やったー、登頂である。3180m。日本第5位。もちろん百名山。

 穂先には祠がある。無事の登頂を感謝する。とともに無事の下山も祈願する。しっかり祈る。


 山頂からは360度ぐるりのビュー。どの方向も大絶景である。

 まず、登ってきた方角。肩の小屋の向こうには飛騨の名峰、笠ヶ岳が美しい。手前の谷には新穗高温泉郷がある。


 東を望むと、左のピークが大天井岳、右の円錐形が常念岳である。大天井岳からはこちら(左下)の槍ヶ岳に向かって東鎌尾根が伸びている。表銀座のハイライトである。


 北は、黒部源流の山々、裏銀座から立山・劔までの山々を望むことができる。


 右の黒いのが黒岳、稜線沿いに中央ちかくが鷲羽岳のその奥の白いのは薬師岳だろう。


 奥の霞んでいるのが立山・劔。手前は赤牛だろう。


 後ろ立山連峰。いちばん奥が白馬。


 小槍。♪アルペン踊りを踊りましょ


 穂高連峰。手前は南岳と大キレット。残念ながら黄砂の影響で霞んでいる。

2025年6月15日日曜日

残雪の槍ヶ岳(6)肩の小屋まで

 

 グリーンバンドからは雪渓をひたすら登る。槍の穂先はつねに見えているのに、いっこうに近づいてこない。穂先の左手に見えてくるのが肩の小屋、右手前(穂先の直下)に見えてくるのが殺生ヒュッテである。物騒な名前は昔この場所が狩猟に適した場所だったことから。


 この日は快晴。空の青が濃い。槍ヶ岳ブルーだ。ときおり薄雲が湧いては流れていく。


 振り返ると、谷の向こうに常念山脈。左手の円錐が常念岳、正面が蝶ヶ岳。あの麓が横尾であるから、槍沢は蛇行しながらも東南東方向へ伸びている。



 最後の急坂だ。先行者たちも難儀しているようだ。みななかなか進行しない。斜度が増していく。


 もう限界だと思うころ、肩の小屋のある稜線に出た。ふう。

 稜線では岐阜県側が望める。西鎌尾根から裏銀座の山々が美しい。


 肩の小屋の向こうは槍の穂先だ。すごい物量感とガレ感。雪は少ないようだ。しかし登山道の要所要所に雪がついている。さて登れるだろうか。

2025年6月12日木曜日

残雪の槍ヶ岳(5)ババ平・大曲・グリーンバンド

 

 槍沢ロッジに宿泊。翌朝4時30分起床、5時朝食、6時出発だ。もう何パーティもが先に出発している。

 若いころは暗いときに小屋を出て、先行するのが好きだったが、このごろは人さまの後塵を拝するようにしている。そのほうが安全性が高いから。

 とくに今日の午前中、山頂付近は風速20メートル以上の強風が吹いている予報なので、あまり早く山頂付近に着きたくはないのだ。

 きのう偵察した槍平までやってきた。日の出は4時55分。それからもう2時間くらい経っている。それでも槍沢のV字谷にはまだ日が射さない。

 槍ヶ岳の穂先がきょうも見えた。穂先には光が射している。美しい。よし、きょうこそはあれのテッペンまで登るぞ。


 ババ平キャンプ場をすぎた。雪原の向こうに大曲が見える。槍沢は大曲で狭まって文字どおりV字谷となる。そして北北西に向かっていた道は東へと大きく進路を変更する。文字どおり大曲りするのだ。


 谷が狭まるので、雪崩れや落石の危険が増す。この時間まだまだ気温が低いので雪はしまっている。先行者が2人。崩れないことを祈りつつ、谷に入っていく。


 谷の上部には東鎌尾根の山々が見えている。燕岳から槍ヶ岳にいたる表銀座のクライマックスだ。右端が水俣乗越だろうか。この右手に西岳、左手に槍ヶ岳がそびえているはずだが、ここからは見えない。



 大曲を曲がって、槍沢の上流部。正面に3,000m峰の大喰岳が美しい。太陽もだいぶ昇り、日陰から日向へまさに出ようとするところ。ここから先、ゴーグルかサングラスとUBケアが不可欠だ。


 シュカブラ(雪紋)。きょうはそれほどでもないが、強風がつくりだす雪の芸術だ。


 槍ヶ岳の肩までは2つの大きな雪の急斜面を越えなければならない。まず第一の急斜面である。進行速度が極端に遅くなり、先行者も登りあぐねてたくさん停滞している。

 ここから先、左右からの雪崩れ、落石に要注意だ。何度か人頭大の石塊が転がっていくのを目撃した。当たるか当たらぬかは運次第、ロシアンルーレットだ。へたばって下ばかり見ていないで、頭をもたげて注意して登ろう。


 第一の急斜面を登り切り、グリーンバンドと呼ばれる地点まで到達した。この季節、グリーンは雪に埋もれ、ホワイトバンドだ。

 右上方にひょっこり槍の穂先。ようやく穂先をまぢかに見ることができるポイントまでやってきた。

 ここで先行していたバックカントリースキーヤーのカップルに追いついた。女性はバテバテだ。スキーは帰りは楽ちんだが、急な登りには向いていない。

2025年6月11日水曜日

残雪の槍ヶ岳(4)槍沢

 横尾山荘から槍沢ロッジまで、氷河が削ったV字谷をつめていく。いまも大量の雪解水が谷を削っている。



 槍沢一ノ俣。梓川に支流が合流するところ。一ノ俣からは渓谷の奥に常念岳をのぞむことができる。


 昨年行った大天井から常念へ向かうコースの途中、手前の深くえぐれている谷が一ノ俣の源流部である。奥は右から槍穂連峰。凹んでいる部分が大キレット。


 槍沢ロッジ。きょうの宿泊小屋。すぐ横を梓川・槍沢が流れているため、山小屋としては珍しく水が豊富。そのためこれまた珍しく風呂がある。燃料節約のため、男女にわかれて、それぞれ1時間ずつの間に入浴しなければならない。もちろん水質保護のため、石鹸類は使用禁止。


 小屋にザックを置いて、馬場平まであすの偵察。葉を落としたダケカンバの樹影が美しい。


 ロッジをすぎると、右手赤沢山の斜面から雪崩れてきた雪渓と、雪渓に取り残された林の地形が交互するようになる。雪渓上部から振り返ると、蝶ヶ岳をのぞむことができた。斜面は森になっているので雪がすくなそうにみえるが、登ってみると結構な雪量である。


 槍平。前山の奥に槍ヶ岳の穂先を望むことができた。美しい。あすは、あのピークに立たなければならない。

2025年6月10日火曜日

残雪の槍ヶ岳(3)横尾

 

 徳澤園の外れには結界のように清流が流れている。この結界を渡ると、人界からもう一段山に足を踏み入れた気分になる。


 結界の先の森に、またニホンザルの群れがいた。子ザルたちにとって冬は過酷で、命を落とす個体もいる。ようやく春を迎えたが、いまだエサが乏しいのか、あまり元気がないようだ。


 登山道は森の道から河原の道に変わる。梓川に沿って北上する。豪雨時の氾濫を懸念してだろう、もう何年も河川改修工事をやっている。


 横尾山荘まえ。徳澤から1時間、バスセンターから3時間。一休み。ここまでは許可車が進入可能なので、まずまずのサービスが受けられる。

 ペットボトル飲料などの物価もそれほど高くない。ここから先は人力(歩荷)、あるいはヘリコプター代の運搬費が嵩むので、物価が急上昇する。

 この山荘でお世話になることも多いが、きょうは早朝に出発することができたので、もう一段先へ進む。


 横尾大橋。向こうは屏風をひろげたような屏風岩。左手に黄色と赤の服を着ているのは、遭難対策協議会(遭対協、もしくは長野県警)の人たち。屏風のように登山者たちを危険から守っている。

 横尾はY字路になっている。左に進み、横尾大橋を渡ると涸沢・穂高連峰方面。右に進み、梓川をさらに溯上すると槍ヶ岳方面である。涸沢方面のほうが人気で、登山者の7割くらいは左に進む。

 横尾から先は冬山装備がなければ、先へ進めない。うかつな装備で進もうとすると、遭対協の人に止められ、計画の中止を求められる。

 前日涸沢ふきんに30センチメートルの積雪をみたということで、トレースが消え道が分からなくなっていること、雪崩の危険など厳重注意を受ける。 


 注意をありがたく拝聴し、槍ヶ岳方面に足を踏み入れる。厳重注意を受け、身がひきしまる思いだ。しばらく歩いて横尾大橋を振り返る。涸沢・穂高連峰の絶景を思いうかべ、後ろ髪をひかれつつ。


 梓川上流部。透明度がたかく、限りなく透明にちかいエメラルドブルー。山体が花崗岩でできているため、不純物がすくないためだろう。 


 横尾から先、槍沢の雪渓の冷気の影響か、一面雪面となる。人との離合もガクンと減った。クマの目撃情報もおおい。徐々に緊張感が高まっていく。

2025年6月9日月曜日

残雪の槍ヶ岳(2)徳澤

 

 明神から1時間歩くと徳澤である。広々としたキャンプ場があり、開放感がすばらしい。右側の山並みが常念山脈、左側に梓川をはさんで槍穂高連峰がそびえている。

 上高地は標高1500m。徳澤、横尾もほぼそれくらいである。1000m登るにつれ、気温は6度マイナスだから、平地より9度くらい低い。5月だと9~16度くらいである。



 徳澤には山小屋がふたつある。徳澤ロッジと徳澤園。徳澤園には宿泊したことがある。氷壁の宿と呼ばれ、人気なので。


 ここは軽食・喫茶室。宿泊しなくても利用できる。コーヒーとソフトクリームがおいしい。もちろん行きよりは帰りのほうが、ずっとおいしい。

 山小屋といっても、旅館と山小屋の中間形態。上高地は一般車進入禁止であるが、許可車は乗り入れ可能なので、町と遜色ないサービスが提供可能なのである。


 氷壁の宿と呼ばれるのは、井上靖の小説『氷壁』の舞台となったから。

 登山家の魚津は、昭和30年の年末から年始にかけて、親友の小坂と前穂東壁の冬期初登頂をめざす。吹雪に見舞われ厳しい登攀を強いられるなか、山頂直前で小坂が滑落・・・。

 徳澤からすこし行き、新村橋で梓川を渡る。しばらく行くとパノラマルートに行く道と奥又白池に行く道に分かれる。魚津たちは後者を登っていった。

 奥穂東壁は、そこまで行かなくとも、横尾へ続く登山道を歩いていると、美しく輝く奥穂の懐に見えている。