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2025年2月18日火曜日

「はにわ」展@九州国立博物館(2)挂甲の武人

 






 挂甲の武人たち。本展のハイライトとされている(のちに述べるとおり、マイハイライトは別にあった。)。挂甲(けいこう)とは、鉄製や革製の短冊状の小板である小札(こざね)に穿孔し、組紐・革紐で縦横に縅して連接する構造のよろいをいう。

 武人といっても、モデルは身分の高い権力者とされる。始皇帝陵のように武人たちに古墳を守らせるというのではなく、この古墳に眠る権力者は生前、このような立派なかたでしたという意味らしい。

 挂甲の武人はわれわれにはなじみぶかい。なぜなら、昭和40年代に『大魔神』『大魔神怒る』『大魔神逆襲』という大映映画があったから。

 戦国時代、悪人が民衆を虐げると穏やかな表情の石像(挂甲の武人)が憤怒の表情の大魔神に変身して悪人を倒す。というストーリー。ま、水戸黄門とおなじ。

 日ごろニコニコと笑って穏やかな人がいったん怒ると激しい、そのギャップが効果的ということがある。あの効果をねらっている。

 写真のなかには国宝が2体含まれている。どれだか分かるかな?

2025年2月17日月曜日

「はにわ」展@九州国立博物館(1)

 九州国立博物館特別展「はにわ」に行ってきた。

 はにわ(埴輪)は、3世紀後半から6世紀後半まで古墳時代の日本特有の器物。祭祀や魔除けなどのため古墳の墳丘を取り囲んで並べ立てられた。埴とは「赤い土」、「輪」とは「取り囲む」の意。

 3世紀前半は、魏志倭人伝に書かれた卑弥呼の邪馬台国の時代。6世紀後半は、蘇我馬子が石川の宅に仏殿を造った時代。古墳時代はその中間の時代で、ヤマトの大王が前方後円墳に代表される巨大な古墳を盛んに造り、埴輪を並べ立てた。卑弥呼の鬼道とも、蘇我氏が尊崇した仏教とも違う時代だ。

 

 埴輪は、大きく円筒埴輪と形象埴輪に大別される。写真は巨大な円筒埴輪。いまの技術でもってしても、これほど大きな焼き物を焼くのは難しいのでは。茶褐色のグラデーションが安野光雅の水彩画のよう。 


 形象埴輪。鎧、馬、船。大王の武力・権力を誇示するためか。いまでも武器、高級車、クルーザーで身を飾ることが好きな人たちはいる。




 馬のほかにも、水鳥、鹿や猿。鳥、鹿や猿に仮託して親子の情などを表現したともいわれる。このへんの情は2000年経っても変わらないように思う。