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2023年7月23日日曜日

「想夫恋」と『黄金のアディーレ』

 

 週末はトム・クルーズ主演の映画『ミッションインポシブル デッドレコニング』を見た。

前週はハリソン・フォード主演の映画『インディージョーンズ 運命のダイヤル』を見ていた。インディージョーンズのほうはシリーズ最後の作品だったので、なんとなくMIのほうも最後かと思っていた。ところが、衝撃のラスト。次作へつづく-となったのでビックリした。

映画のあとは、「想夫恋」で焼きそばを食べた。「想夫恋」の焼きそばはおいしい。日田出身でチェーンになっており、九州人なら誰もが知っていると思う。

しかし店名については疑問がある。「想夫恋」というのは古来ゆかしき名前である。『平家物語』にでてくる。

高倉天皇の寵姫に小督がいた。清盛は娘を高倉天皇に嫁がせているので、ジャマでしょうがない。迫害を受け、小督はしかたなく身を隠した。

高倉天皇は小督を忘れがたく、源仲国に命じて探させた。仲国が嵐山の麓あたりを探していると、箏曲の音色が聞こえてきた。小督が高倉天皇を偲んで弾く「想夫恋」の曲だった・・。

この由緒ただしい「想夫恋」という名を、焼きそば屋の名前にするとはいかがなものであろうか(失礼)。おいしい焼きそばを食べながら、このギャップにいつも戸惑うのだった。

こう思うと、『黄金のアディーレ 名画の帰還』という映画に思いをはせてしまう。

映画は実話に基づく。「黄金のアディーレ」は、クリムトが描いた肖像画。正式名称は『アディーレ・ブロッホ=バウアーの肖像』である。

かつて、ブロッホ=バウアー夫婦はナチスに迫害され、この名画も略奪された。現代の米国で、迫害を逃れた姪がこの名画をとりかえすべく立ち上がる。

オーストリア政府を相手に敢然と立ち向かう依頼人と若手弁護士の姿が描かれる。若手弁護士はオーストリア生まれで米国に移住したユダヤ人、シェーンベルグ※の孫である。

運命の裁判の前日。かれは祖父が作曲した『浄められたる夜』をオーストリアのホールで聴く。重大判決の前夜。人権のために闘う弁護士はみな、このような願う気持ちになる。まことに感動的。

ここから先は非常に書きにくい。文脈で理解してくだされ。

※シェーンベルクとは、ドイツ語で「美しい山」という意味である。

2022年12月15日木曜日

小督の墓


 
 
 芭蕉は人生の本質を無情・流転に見た。しかし、これは芭蕉の独創ではなく、「平家物語」にも書かれていることである。有名な冒頭。

 祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。

沙羅はものまねタレントのことではない。インドの沙羅は別種らしいけれども、日本の沙羅はナツツバキとされる。朝に開花し、夕には落花する。一日花。どんなに美しい花を咲かせても、夕には落下してしまう。まさに無情・流転。

平家物語は、平清盛とその一族の流転・無情を描く。その大きな渦の回りでは、いろんな人の人生もこれに巻き添えをくって流転していく。

そのエピソードの一つが小督。京都桂川沿い、嵐山の対岸に墓がある。「嵯峨日記」に書かれているとおり。当時、まわりは竹林だったようだが、いまは竹林が減り、「ずいぶん騒がしくなったなぁ。」と小督さんも嘆いておいでだろう。

超絶美貌で琴の名手。高倉天皇に愛された。しかし天皇の正妻は平清盛の娘・建礼門院だったことから、清盛の怒りに触れ、迫害を受けた。難を避けるため、嵯峨野に隠棲した。

天皇はあきらめきれず、源仲国を使わして探させる。仲国(笛の名手)があちこち探しあぐねていると、仲秋の夜、妙なる琴の調べが。もちろんそれは小督の琴のしらべ。

仲国は宮中に戻るよう説得するが、小督はこれを拒否。しかし仲国はねばる。なぜなら、小督の心のうちを知っていたから。

なぜ、知っていたのか?それは先の琴の曲名が「想夫恋」だったから。なんと美しいお話。

九州で「想夫恋」といえば焼きそばの店だが、もとはこんな美しいお話。なぜ、焼きそば屋の名前になっているのか。小督さんもびっくり。まさしく生々流転。

・・・などと大野城イオン前の想夫恋で、焼きそばをかき込みながら想ふ。

2017年12月11日月曜日

想夫恋と小督


           (嵐山・小督塚)


            (琴きき橋跡)

 九州人に「想夫恋」といえば焼きそばだけれども,『平家物語』には焼きそばとは似ても似つかぬ哀切な物語があります。また嵐山にいくと嵐山,桂川,渡月橋や天竜寺に目がいくけれども,『平家物語』ゆかりの名所がひっそりと佇んでいます。

 まずは,「小督塚」。渡月橋の北詰,大堰川沿いに西(亀山の方)に1区画ほど向かい,アラビカの角を北に入ってしばらくいくと,左側にあります。小督さんは,高倉天皇の寵姫。たいへんな美人だったそう。天皇の中宮が平清盛の娘・建礼門院徳子であったことから,清盛は小督を宮中から追放。迫害をおそれて,小督は嵯峨野に隠れ住んでいました。

 天皇は嘆き悲しみ,源仲国に命じて,小督を探させました。ときは中秋の名月が煌々と輝いています。ヒントは嵯峨野のあたり,片折り戸に茅葺きの家というだけ。みなさんだったら,どこを探しますか。

 仲国は,まず清涼寺からはじめます。例の源融ゆかりのゆかりもある寺です。嵯峨釈迦堂の名で知られ,中世以来融通念仏の道場としても知られています。謡曲「百万」はそれが舞台になっています。

 ほか堂々を見てまわりますが,見つかりません。逃げ出したい気持ちをおさえて,今度は法輪寺へ向かいます。法輪寺は,渡月橋から嵐山の中腹に見えるお寺です。つまり,仲国は嵯峨野を北から南の嵐山の方に向かったことになります。すると・・

 亀山のあたり近く,松の一叢ある方に,かすかに琴ぞ聞こえける。峰の嵐か松風か,尋ぬる人の琴の音か,覚束なくは思へども,駒を速めて行くほどに,片折り戸したる家に,琴をぞ弾き住まされたる。控えてこれを聞きければ,少しも紛ふべうもなく,小督の殿の爪音なり。楽は何ぞと聞きければ,夫を想うて恋ふと読む,想夫恋と言ふ楽なりけり。仲国,さればこそ,君の御事思ひ出で参らせて,楽こそ多けれ,この楽を弾き給ふことのやさしさよと思ひ,腰より横笛抜き出し,ちつと鳴らいて,門をほとほとと叩けば,琴をばやがて弾き止め給ひぬ・・

 このかすかに琴ぞ聞こえた場所が渡月橋の北詰とされています。ま,清涼寺から法輪寺に向かい,亀山のあたり近くに琴の音が聞こえたというのだから間違いはないでしょう。いまは立派な渡月橋が架かっていますが,むかしは琴きき橋というのが架かっていたようです。琴きき橋跡の碑がたっています。

 『小督』は謡曲にもなっています。

 紅葉の時期もよいけれど,中秋の名月をながめ,小督と仲国に思いをはせながら,ここらあたりを散策してみてはいかがでしょう。