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2024年4月23日火曜日

怪鳥会の春遠征(2)武奈ヶ岳

 







 武奈ヶ岳。標高1214.4、滋賀県大津市にある二百名山。冬期に2度登ったことがあるけれども、春期ははじめて。

坊村の明王院を出発して、山頂をめざす。前山として御殿山があり、御殿山コースと呼ばれる。明王院で登山の無事と平和を祈願する。そして御殿山尾根の急登にとりつく。

もう終わりかもう終わりかと思いながら急登がつづく。急登のあいだ、針葉樹の植林がつづき、森もくらい。

稜線部にいたると、落葉樹に植生が変化した。中高木はいまだ葉をおとしたままだ。しかし林床ではイワカガミやスミレ、ショウジョウバカマなど可愛い花々がむかえてくれた。やはり春山はいい。ようやく山頂がみえてきた。

2023年12月26日火曜日

~からの、幻住庵

 




 石山駅に戻る。石山駅からはバスで幻住庵(跡)へ。幻住庵(菴)は、おくのほそ道の旅を終えた翌年、芭蕉が仮住まいをしたところ。

「幻住菴記」という俳文がある。もっともすぐれた俳文であると評価が高い。芭蕉が仮住まいをした当時の様子が詳細に書かれている。

石山駅の南には紫式部が『源氏物語』を執筆したという石山寺がある。そのやや西側にあるのが国分山である。国分というのはその昔、聖武天皇が国分寺を建立したことに由来する。幻住庵はその麓にある。

 石山の奥、岩間のうしろに山有、国分山と云。そのかみ国分寺の名を伝ふるなるべし。

バスを降り山手の坂を登ると、近津尾八幡宮がある。

・・・麓に細き流を渡りて、翠微に登る事三曲二百歩にして、八幡宮たゝせたまふ。

もちろんいまは神仏分離であろうが、芭蕉の時代は習合していたようである。

・・・身体は弥陀の尊像とかや、・・・両部光を和げ、利益の塵を同じふしたまふも又貴し。

八幡宮の横に幻住庵跡がある。芭蕉の時代すでにかなりいたんでいたようであるから、いまは残っていない(いまある建物は平成3年に再建したもの。)。

・・・日比は人の詣ざりければ、いとゞ神さび物しづかなる傍に、住捨し草の戸有。よもぎ・根笹軒をかこみ、屋ねもり壁落て、狐狸ふしどを得たり。幻住菴と云。

あまりに美文なので全文紹介したいところだが、そろそろ仕事に戻らねばならないので、以下ずっと省略して、末尾の句。

 先たのむ椎の木も有夏木立(まづたのむしひのきもありなつこだち)

幻住庵跡の横には大きな椎の木があり、当時のものであると説明されている。樹齢400年というにはやや疑問が残るが、そのロマンにあやかることにしよう。

この句の句碑はわが久留米城跡にもある。なぜだろうか。以下のくだりと関係があるかもしれない。

 ・・・さるを、筑紫高良山の僧正は・・此たび洛にのぼりいまそかりけるを、ある人をして額を乞。いちやすやすと筆を染て、幻住菴の三字を送らる。頓て草菴の記念となしぬ。

椎の木は冬でも葉が落ちない常緑広葉樹・照葉樹である。冬でも葉が落ちない縄文的な生命力は頼みとするに足りるであろう。

さてみなさま、今年も日本各地の山々や里々へ旅をすることができました。これも一重にみなさまのご愛顧によるものと思います。ありがとうございました。よき新年をお迎えください。

2012年6月11日月曜日

バショウ by.福岡県筑紫野市の弁護士ブログ



 (バショウ@義仲寺)

 バショウ(芭蕉)
 多年草。

 英名はジャパニーズ・バナナ
 花や果実がバナナと似ているので。

 でも実際には食べられるものではなく
 ま,観賞用の植物です。

 もちろん,かの俳聖・松尾芭蕉の名は
 この植物にちなんだもの。
 
 彼の草庵が深川にあってところ,門人からこれを贈られ
 植えたところ大いに茂ったので。

   芭蕉野分して盥に雨を聞夜哉
                
 義仲寺は,滋賀県膳所にあります。
 義仲は,木曾義仲のこと。
  
 平家討伐の兵を挙げて都に入ったものの
 乱暴狼藉のため、頼朝軍に粟津(寺の南)の地で討たれました。

 巴御前が彼をここに
 葬り供養したとの伝説があります。

 芭蕉は、彼が好きだったのか(周辺の美しい景観を愛したのか)
 ここを度々訪れました。

 のちに大阪で亡くなったときは
 遺言によってここに墓が立てられたと言われています。

 境内には,芭蕉の辞世の句碑があります。

   旅に病て夢は枯野をかけめぐる

        ちくし法律事務所 弁護士 浦田秀徳