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2021年8月11日水曜日

小松ー実盛

 


 (義仲寺と芭蕉)

 この所多太の神社に詣づ。実盛が甲・錦の切れあり。往昔、源氏に属せし時、義朝公より賜はらせたまふとかや。げにも平士のものにあらず。目庇より吹返しまで、菊唐草の彫りもの金をちりばめ、竜頭に鍬形を打つたり。実盛討死の後、木曾義仲願状に添へて、この社にこめられはべるよし。樋口の次郎が使ひせしことども、まのあたり縁起に見えたり。

 むざんやな甲の下のきりぎりす

小松駅から南西に歩いて10分ほどいくと多太神社があります。多太神社には、斎藤実盛の兜が奉納されています。

実盛(真盛)といってピンとくる人はすくないと思います。平家物語の巻第七によると、「倶利伽羅落」の次が「篠原合戦」、その次が「真盛」となっています。

本ブログ「忠義を貫かないで名を残した、武藤資頼」で紹介したとおり、武藤資頼はもと平家がたでしたが、源平合戦時に源氏に鞍替えして、いまに名を残しました。

実盛はこの逆。本文にあるとおり、もと源氏がたで、源義朝(頼朝、義経の父)から立派な兜を賜りました。が、源平合戦のおりには平家がたに鞍替えし、主は平宗盛でした。

平家軍は、倶利迦羅峠の戦いで敗れたのち、小松ちかくの篠原まで後退し、ここでリベンジの戦いを挑みます。しかし、ここでも木曾義仲の軍に敗れてしまいます。

実盛は当時73歳、ここを死に所と考え、最期まで奮戦します。が、ついに討たれてしまいます。討たれたけれども、いまに名を残しました。なぜでしょう。

戦さのあと、武功を確認するため首実検を行います。その際、どうも実盛に似ているけれども若すぎる。樋口次郎であれば、よく知っているはずだと訊いてみると、「あなむざんやな斎藤別当にて候ひけるぞや」。

樋口次郎によると、実盛は日ごろ、60を過ぎていくさにのぞむ時は、白毛を染めていこうと言っていたとのこと。老武者とて人にあなどられるのも悔しいと言って。

ちかくの池で洗ってみると、たしかに毛染めは落ちて、白髪に戻ったのでした。やはり首は実盛のものでした。

この話は当時の人々や芭蕉を感動させました。平家物語では特に一章もうけられていますし、謡曲『実盛』にもなっています。

われわれも60を過ぎました。若い連中に老武者とてあなどられないようにする必要がありますね。いまのところ、髪を染める必要はないようですが。

木曾義仲は、子どものころ実盛の世話になり、また彼の心意気にも感じたのでしょう。本文にあるとおり、多太神社に兜と願状を奉納して、実盛の成仏を祈願しています。

芭蕉は樋口次郎の決め台詞「あなむざん」を借用して、むざんやなの句を詠んでいます。夏草やの句に似ていますね。

きりぎりすはいまのキリギリスではなく、コオロギのことです(写真はキリギリス)。あなややこし。

芭蕉は、実盛だけでなく、木曾義仲もだいすきです。義仲が最期に討たれた琵琶湖のちかくに、慰霊のための義仲寺があります。芭蕉は大阪で亡くなったのですが、じぶんも義仲寺にほうむってほしいと遺言をのこしました。そのため芭蕉も義仲寺に葬られています。

義仲寺にはもちろん芭蕉の木が植えられています。芭蕉はバナナに似ています、そして破れやすい葉を風に揺らしています。

2012年2月29日水曜日

翠玉白菜に祈る by.台湾旅行も好きな福岡の弁護士



 (忠烈祠)




 (孫文像)




 (中正紀念堂)


 はやくも3月ですね。
 時がせわしなく過ぎていきます。

 さて台湾訪問3日目(最終日)は
 バスで台北観光。

 みなさんご存じでしょうから
 簡単報告。

 最初に連れて行かれたのは
 忠烈祠。 

 抗日戦争や中国大陸での内戦で戦死した約33万人の
 中華民国軍などの英霊を祭る廟。

 日本でいえば靖国神社でしょうが
 宗教色はなく廟になっています。

 創建は1969年で、中央に大殿
 左右には武烈士と文烈士の祠が。

 きのうにひきつづき
 ここでも文武両道。

 なぜここが最初かというと
 10時からの衛兵交代の儀礼を見るためだったよう。

 バッキンガム宮殿や
 バチカンの衛兵が思い出されました。

 つぎは国立故宮博物院。
 世界四大美術館のひとつ。

 というと
 あと3つ答えられますか?

 アメリカ ニューヨーク メトロポリタン美術館
 ロシア サンクト・ペテルブルグ エルミタージュ美術館

 フランス パリ ルーブル美術館
 やはり富と権力のあるところに美も集まったんですね。

 さて故宮は,中国歴代皇帝が収蔵したコレクションをもとに
 62万点もの収蔵品を誇る中国文化の殿堂。

 宋から元、明、清代までの貴重なコレクションが堪能できます。
 ただし,残念ながら,館内撮影禁止。

 知人に翠玉を彫った白菜の写真を撮ってきてほしい
 と頼まれていたのですが,果たせず。

 よくみると,葉の上に二匹の昆虫が。
 多産を象徴するキリギリスとイナゴだそう。

 これを吉祥として女性に贈り
 その幸せを願ったんですね。

 併設された売店で
 レプリカを売っています。

 フェイスブックで,友達が友達の友達と,
 キャベツ見たか?などとやりとりしていました。

 みんな知っている有名な展示品なんですね。
 でもキャベツではなく,白菜ですので,よろしく。

 館内撮影禁止とされながら
 孫文の像のまえではみなしきりに写真撮影。

 展示品はダメだけどこの像はOKなのだろうと
 われわれも判断して記念撮影。

 孫文さんには大変もうしわけないけれども
 白菜にかわって写真を掲載させてもらいました。

 孫文(1866年11月12日~1925年3月12日)は
 辛亥革命を起こし、初代中華民国臨時大総統。

 「中国革命の父」であり
 国父として尊敬されています。

 中国では孫文よりも孫中山の名称が一般的で
 孫中山先生と呼ばれています。

 長蛇の順番待ちをして
 飲茶を食したあとは中正紀念堂。

 広大な面積の芸文広場内にあります。
 高さ約70mの巨大建造物。

 白亜の基壇の上にそびえ、八角形の瑠璃瓦の屋根をもつ。
 堂内には巨大な蒋介石像が鎮座し、衛兵によって警護されています。

 孫文像がほぼ等身大なのに対し
 蒋介石像の巨大さは一種異様。

 古来,中国の皇帝たちが美により富と権力を誇示してきた
 故宮流のほうが好ましく思えます。
 
 ただ希望をいえば,白菜の写真撮影ぐらい,いいんじゃないの?
 とおもいます(減るもんじゃあるまいし)。