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2021年4月14日水曜日

日光白根山・男体山、登山記

 



芭蕉の旅の途中ですが、男体山には2009年10月に登りました。同行は稲村晴夫弁護士で女っ気なし、男2体の山です。

われわれは日本百名山である日光白根山と男体山の2つを同時に登る計画をたてました。九州から日本百名山踏破をめざすばあい、2つ以上かけもちで登っていかないと、いつまでたっても踏破できません。

24日、群馬県の沼田からバスに乗り、夏の思い出である尾瀬の玄関口・片品村を抜けて、丸沼温泉に泊まりました。

25日は日光白根山に登りました。ごらんのとおり、霞かかりてガスガスです。山を西(群馬県)から東(栃木県)に抜け、湯元温泉に下山しました。

そこから歩いて、湯の湖、湯川、湯滝、紅葉の見ごろをすぎた戦場ヶ原、竜頭の滝を経て、中禅寺湖畔の宿に泊まりました。そして26日に男体山にいどみました。

男体山は、補陀落山、二荒山のほか、黒髪山とも呼ばれていました。芭蕉一行が訪ねたとき、黒髪山は、霞かかりて、雪いまだ白し。曽良が一句詠んでいます。

 剃り捨てて黒髪山に衣更(ころもがえ)

われわれがいどんだ時は、霞かかりてどころではなく、あいにくの大雨。どしゃぶりでした。なんとか山頂までたどりついたものの、あやうく低体温症になりそうでした。さいわいなことに小屋がありました。そこで着替えて、なんとか命びろいしました。

 (雨に濡れた衣を)脱ぎ捨てて黒髪山で衣更  秀徳

曽良の句について芭蕉の感想は「衣更」の二字、力ありて聞こゆ。われわれは「衣更」なければ力なしどころか、命なし。というわけで、男体山に登った証拠写真は一枚もありません、ふう。

2021年4月13日火曜日

補陀落→二荒→日光は駄洒落か


けさNHKーBS旅ラン10キロで、つるの剛士さんが日光を走っていましたね。こちら同行トミーがまだのようですけれども、先に行きます。

芭蕉一行は御山に参詣しています。御山は日光山です。その前は「二荒山」と書いていました。それを弘法大師空海が「日光」と改めました。「にっこう」の音が共通しているからです。

私が言うと駄洒落と非難されることも、空海や芭蕉が言うと格調高く評価されるのはなぜでしょう?なぞです。

ではなぜ「二荒」なのか。いま東部鉄道にSL「ふたら」が走っています。二荒も「にっこう」ではなく「ふたら」と読みます。「ふたら」の由来は「補陀落(ふだらく)」にあるという説があり、ぼくもそうだと思います。

補陀落は観音菩薩が降臨する霊場です。日本では熊野や日光が補陀落になぞらえられ、信仰を集めました。中世熊野では船に乗って補陀落を目指す、補陀落渡海がさかんに行われました。平家物語でも維盛はこの考えにもとづき入水します。

補陀落(ふだらく)→二荒(ふたら)→日光(にっこう)。繰り返しますが、駄洒落ではありません。

ここで芭蕉が詠んだ句

 あらたふと青葉若葉の日の光

「あら、尊と」は感嘆詞です。あらは荒ではありませんが、もちろん韻を踏んでいると思います。駄洒落ではありません。

はい、日光男体山を背にニッコリ(パシャ)。