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2021年8月25日水曜日

福井ー夕顔







 福井は三里ばかりなれば、夕飯したためて出づるに、黄昏の道たどたどし。
 ここに等栽といふ古き隠士あり。いづれの年にか江戸に来たりて予を尋ぬ。遙か十年余りなり。いかに老いさらばひてあるにや、はた死にけるにやと、人に尋ねはべれば、いまだ存命してそこそこと教ふ。
 市中ひそかに引き入りて、あやしの小家に夕顔・へちまの延へかかりて、鶏頭・箒木に戸ぼそを隠す。さてはこの内にこそと、門をたたけば、詫しげなる女の出でて、「いづくよりわたりたまふ道心の御坊にや。あるじはこのあたり何某といふ者のかたに行きぬ。もし用あらば尋ねたまへ」と言ふ。かれが妻なるべしと知らる。
 昔物語にこそかかる風情ははべれと、やがて尋ね会ひて、その家に二夜泊まりて、名月は敦賀の港にと旅立つ。等栽もともに送らんと、裾をかしうからげて、道の枝折りと浮かれ立つ。

 福井駅の西口をでると駅前に恐竜広場。そこから北に行くと福井城跡があります。徳川家康が縄張りをし、江戸時代・越前松平氏の居城跡ですが、天守閣は残っていません。

そこから南に商店街を抜けると、北の庄の城跡があります。柴田勝家の居城跡です。ここはもう石垣の跡が残っているだけです。写真中央に柴田勝家像がちいさく見えています。

福井駅から越美北線で東に向かうと5つめに一条谷駅があります。しばらく歩くと一条谷で、朝倉氏の居館跡などがあります。『麒麟が来る』で、長谷川博己がユースケサンタマリアの世話になったところです。

それぞれ、戦国時代に朝倉→柴田(織田)→豊臣→徳川の各大名が興っては滅びた兵どもが夢の跡です。

勝家の北の庄城跡からさらに南に足羽川をわたり、すこし行くと左内公園に着きます。幕末の志士、橋本左内の墓があります。越前は松平春嶽をはじめ、明治維新の原動力になりましたが、薩長土肥に比べ影が薄いですね。

芭蕉が世話になった等栽の家は、この左内公園にありました。「市中ひそかに引き入りて、あやしの小家に夕顔・へちまの延へかかりて、鶏頭・箒木に戸ぼそを隠す」とあったものの、いまは子どもの遊具になっています。

芭蕉の描写は、源氏物語の夕顔の段を俤にしています。

「かの白く咲けるをなむ夕顔と申し侍る。花の名は人めきて、かうあやしき垣根になん咲き侍りける。」と申す。
 げにいと小いへがちに、むつかしげなるわたりの、このもかのも、あやしくうちよろぼひてむねむねしからぬ軒のつまなどに這ひまつはれたる・・むかしの物語などにこそかかる事は聞け、といとめづらかに・・・

関西が近づいてきたせいでしょうか、須賀川の栗斎などとちがい、隠士といっても、等栽はずいぶん関西テイストです。

左内公園にいま等栽の家のあとは残っていませんが、芭蕉の句碑はあります。

 名月の見所問ん旅寝せむ

句碑もおしゃれ、名月のデザインです。

さて本日もクイズ、本日の投稿にあきらかな誤りがあります。どこでしょう?

2021年8月24日火曜日

天龍寺と永平寺ー天竜と地竜

 (福井地裁)

(えちぜん鉄道)

(ドラクエ風道案内)


(天龍寺)

(永平寺@事務所旅行)

(恐竜博物館)

 丸岡天龍寺の長老、古き因みあれば尋ぬ。また、金沢の北枝といふ者、かりそめに見送りて、この所まで慕ひ来たる。所々の風景過ぐさず思ひ続けて、をりふしあはれなる作意など聞こゆ。今すでに別れに臨みて、

 物書きて扇引きさくなごりかな

 五十丁山に入りて、永平寺を礼す。道元禅師の御寺なり。邦畿千里を避けて、かかる山陰に跡を残したまふも、貴きゆゑありとかや。

 福井もよく行きました。落合くんが亡くなった際、彼の事件を分担して引き継いだわけですが、ぼくが引き継いだものの一つが福井地裁の事件だったからです。

兄弟間の遺産分割事件で負け筋でしたが、落合くんが依頼者の気持ちをとことん汲んでいる姿勢に感心したものでした。

当時はオンライン手続もなく、引き継いでから2~3年通いました。写真を拡大してよくみると、『粉雪』が降っています。

福井駅からえちぜん鉄道勝山永平寺線に乗ります。途中から九頭竜川沿いを走っています。そのせいでしょうか、駅の案内板もドラクエふう。落合くんの披露宴を思い浮かべてしまいます。

松岡駅で降ります。天龍寺があります。天龍寺といえば京都嵐山でしようが、福井松岡にもあります。芭蕉は丸岡としていますが、記憶違いです。当時はグーグルマップもないので、おくのほそ道にはこのような記憶違いがいくつかあります。

まったくの記憶違いかというと、そうでもありません。すぐ北に丸岡という城下町があります。丸岡城は北国で唯一現存する天守閣。電車の正面をよくみると「古城まつり」とあるのはこの城があるからです。

金沢あたりから曽良は体調不良でしたが、そのピンチヒッターというわけか、北枝というお弟子さんがお供していました。北陸のブランチだから北枝なのでしょうか。

その北枝ともここでお別れ。別れのエピソード4です。物書きての句の季語は何でしょう。「捨て扇」です。扇ひきさくと強調されています。

えちぜん鉄道でさらに山に入ると永平寺駅があります。しばらくバスに乗ると永平寺です。ここも事務所旅行で立ち寄りました。みな若いです。

文字どおり「永遠の和平」を願う名前。開山は道元で、曹洞宗。浄土真宗とおなじく、比叡山延暦寺の天台宗から派生した新仏教です。

蓮如が吉崎を拠点とせざるをえなかったのとおなじく、都では旧仏教派から迫害にあったために、北陸で教線を延ばすことになったものです。芭蕉が言う貴きゆゑもあったのかもしれませんが。

さらに山に入って行くと終点、勝山駅です。北東に霊峰白山を仰ぎ、北側を雪解けで増水した九頭竜川が太く清冽に流れています。

その北に福井県立恐竜博物館があります。この近くの山から恐竜の化石がたくさん見つかるからです。

福井は恐竜王国と言われています。福井駅でも恐竜がたくさん出迎えてくれます。子ども連れであれば、ぜひ訪れてください。HPが回復します。

さて結びにクイズです。きょうの投稿のなかに竜は何匹でてきたでしょう?