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2024年5月20日月曜日

清・少納言って誰?(4)

 


 夜をこめて鳥のそらねははかるとも
         よに逢坂の関はゆるさじ  清少納言

 夜が明けていないのに、かの孟嘗君の食客のように、鶏の鳴き真似をしてだましても、逢坂の関の関守はだまされませんし、私もだまされて、すぐ戸を開けてあなたと逢ったりはしませんよ。

 逢坂の関で足止めをくらっているうちに、義同三司母の息子たちは没落へ向かっていた(長徳の変 996年)。中宮定子(高畑允希)も巻き添えを食い、サロンの一員である清少納言(ファーストサマーウイカ)も無縁ではいられなかった。義同三司の往生際の悪さを庭から覗き見することはなかったろうが。

先の歌は百人一首の62番。この歌が詠まれた経緯は、清少納言のエッセイ『枕草子』に詳しい。『枕草子』はいうまでもないだろうが、

 春はあけぼの。やうやうしろくなり行く、山ぎはすこしあかりて、むらさきだちたる雲のほそくたなびきたる。・・

という、あれである。

     

 この歌が詠まれた相手の男性は藤原行成(渡辺大知)。道長の全盛期を支えた四納言の一人。他の三納言は、源俊賢(本田大輔)、公任(町田啓太)、斉信(金田哲)。行成は、能書家・三蹟の一人であり、また宮廷日記『権記』を書き残している。


清少納言は後宮という役所の秘書官みたいなものであるから、能吏であった行成や斉信とも親しかった。かれらとの交流は『枕草子』のところどころに書かれている。百人一首の歌が詠まれた下りは136段。

ある夜、清少納言が行成と談笑していたところ、行成は宮中で用事があると言って急遽帰ってしまった。

翌朝、行成は「昨夜は夜明けを告げる鳥の声にせきたてられたので。早く帰って申しわけありません。」などと見え透いた弁解を入れてきた。それに対する清少納言の返しの皮肉がこの歌。 

かの孟嘗君の食客のように、鶏の鳴き真似をしてだましたという故事は、漢籍『史記』に基づく。「孟嘗君列伝 第十五」。

孟嘗君は、秦の昭蕘王のもとから命がけで逃げていた。夜中に函谷関にたどりついた。函谷関の関守は一番鳥が鳴かないと関を開けない。孟嘗君が困っていたところ、従者の一人が鳥の鳴き真似が上手だという。じっさいにやらせてみたら上手で、本物の鳥たちも呼応して鳴き出し、関守も門を開けてくれ、孟嘗君は窮地を脱することができた。

行成さま、あなたがかの孟嘗君の食客のように、鶏の鳴き真似をして私をだまそうとしても、逢坂の関の関守はだまされませんし、私だってだまされて、すぐ戸を開けてあなたと逢ったりはしませんよ。

清少納言の和歌はこの故事を踏まえたもの。行成の弁解をとっさに孟嘗君の鳥の鳴き真似にたとえた。函谷関の関守はだませても、逢坂の関の関守も私もだまされなくてよ。うふふ。

さて気になるのは、清少納言と行成との男女の仲。残念ながら?皆の期待を裏切り、できる女性上司と後輩男子とのやりとりにとどまったようだ(清少納言が6歳年長)。

清少納言は男女の仲より、こういう互いの教養をたしかめあうやり取りのほうが好きだったのだろう。

※現代語訳等は『ビギナーズクラッシック日本の古典 百人一首(全)』谷知子編によった。

2024年5月19日日曜日

清・少納言って誰?(3)

 

 きのうの「光る君へ」も手に汗にぎった。花山院に矢を放った伊周と隆家は一条天皇の怒りをかい、それぞれ大宰府と出雲へ流された。儀同三司母である高階貴子の悲嘆するさまがあわれ。儀同三司(正確には政界に復帰したあとの呼称)・伊周が大宰府へ来たことがあるとは知らなんだ。伊周狼狽の余波を受けて、中宮定子出家・・・。


 さてきょうは青・少納言って誰?(3)なのだけれども、逢坂の関の話のつづき。逢坂の関には、蝉丸神社だけではなく、かっては関寺があった。その役牛が迦葉仏の化現であるとの夢告があり、道長・倫子夫婦も結縁をもとめてきたという。

 花の色はうつりにけりないたづらに
       わが身よにふるながめせしまに  小野小町

 美しかった花の色はすっかり色あせてしまったなあ。長雨が降り続く間に。私も、空しくこの世で年をとってしまった。ぼんやりと物思いにふけっていた間に。

百人一首9番。この歌が人口に膾炙したせいか、絶世の美女だった小町の晩年の零落というのが庶民の関心の的になっている。そして文芸のテーマにもなっている。謡曲にも、それに取材した『卒塔婆小町』や『関寺小町』がある。『関寺小町』の関寺は、この関寺とされる。


 

 逢坂の関にちなむ百人一首の和歌をもう一首。

 名にしおはば逢坂山のさねかづら
      人にしられて来るよしもがな  三条右大臣

 逢坂山のさねかずらが、「逢う」「さ寝」という、その名のとおりであるならば、他の人に知られないで、たぐり寄せるように、あなたのところに尋ねて来る手立てがほしい。

百人一首25番。三条右大臣は藤原定方。百人一首のなかにそれに触れた和歌が三首もあるほど、逢坂の関は歌人に人気のスポットだったのである。

※現代語訳等は『ビギナーズクラッシック日本の古典 百人一首(全)』谷知子編によった。

2024年5月16日木曜日

清・少納言って誰?(2)

 

 夜をこめて鳥のそらねははかるとも
         よに逢坂の関はゆるさじ

 夜があけていないのに、かの孟嘗君の食客のように、鶏の鳴き真似をしてだましても、逢坂の関の関守はだまされませんし、私もだまされて、すぐ戸を開けてあなたと逢ったりはしませんよ。

百人一首62番。さすが清・少納言の歌という感じ。漢文の素養がないと読み解けない。

清少納言とは、父は誰か、漢詩文の素養の由来、中宮定子のサロンとは、この歌が詠まれたいきさつ、『枕草子』とは、逢坂の関とは、かの孟嘗君とは、中宮定子と清少納言の運命、「光る君へ」・紫式部との関係等々、どこから書いてよいか迷う。が、まずは逢坂の関から



 2017年1月に訪ねた。雪が降りしきっていた。山城(京都府)と近江(滋賀県)の国境にある。

逢坂は、『日本書紀』によれば、九州ともご縁が深い神功皇后の将軍・武内宿禰がこの地で忍熊王とばったりと出会ったことに由来するという。

交通の要衝であり、現代では東海道線や国道一号線が走る。古代には、逢坂の関が置かれた。京都を守る三関(鈴鹿関、不破関、逢坂関)の一つ。

紫式部は、近江の石山寺に参籠して、源氏物語の着想を得たというのだから、行き帰りには当然この関を通過したはずである。




逢坂の関といえば、清・少納言のまえに、蝉丸の歌だ。


 これやこの行くも帰るも別れては
       知るも知らぬも逢坂の関

 これだよ、これ、これがあの、旅立つ人も、旅から帰る人も、知っている人も、知らない人も、別れてはまた逢う、逢坂の関だよ。

百人一首十番。リズミカルでなめらかな調べ。百人一首を習う際にはまっさきに覚えさせられた。謡曲『蝉丸』によれば、蝉丸は延喜帝の第4王子、盲目のため逢坂山に捨てられてしまう。

これがその逢坂の関である。蝉丸神社で参拝。蝉丸大神、猿田彦命、豊玉姫命を祀る。蝉丸大神は音曲をはじめとする諸芸道の祖神。

この日は雪が降りしきるあいにくの天気だったので、旅立つ人にも旅から帰る人にも出会わなかった。逢坂なのに残念。

※現代語訳等は『ビギナーズクラッシック日本の古典 百人一首(全)』谷知子編によった。

2022年1月13日木曜日

冬の旅(5)ー大津・長命寺

 







 29日は大津に宿泊。翌朝は、ホテルの窓から日の出がみえた。前面道を右にのぼっていくと国道1号線となり、近江と山城の境にある逢坂の関跡がある。百人一首・蝉丸の歌で有名。

 これやこの行くも帰るも別れては 知るも知らぬも逢坂の関

芭蕉が「野ざらし紀行」で「大津に出る道、山路をこへて」つぎの句を詠んだのも、このあたり。

 山路来て何やらゆかしすみれ草

大津から新快速で東に戻って近江八幡駅で下車。前日にひきつづき西武バスの外観の湖国バスに乗る。近江八幡やヴォーリズ建築など観光スポットをスルーして長命寺をめざす。

車窓から東のほう、安土山をのぞむことができた。むかしの巡礼者は長命寺からここらへんを歩いて観音正寺に向かったはずだ。

終点・長命寺港のバス停で降りる。琵琶湖が美しい。湾をはさんで遠く三上山がこれまた美しい円錐形をみせている。

そこからは長い長い長い石段。808段もあるらしい。宝満山の難所に百段ガンギという石階段があるが、その8倍である。末広がりというより、末バテしそうだ。

前日のような雪はないが、なかなかな急勾配である。ちかくの大学生たちが5人ほど後ろから追いついてきた。こちらも負けじとペースをあげる。むこうが先に根をあげて途中休憩した。よし、勝った。いやいや、勝ち負けじゃないから。

長命寺は西国31番札所。やはり聖徳太子が開基。太子が刻んだという千手十一面観音が本尊。秘仏である。

本堂脇には「琵琶湖周航の歌」碑がある。

 西国十番 長命寺
 汚れの現世 遠く去りて
 黄金の波に いざ漕がん
 語れ我が友 熱き心

今津や彦根など湖畔で歌碑をみたことがあったが、このような山中にあるとは意外だった。ま、歌詞が長命寺のことを歌っているから当然といえばそうであるが。

境内の奥にすすむと太郎坊権現社がある。太郎坊は大天狗である。先ほどの大学生たちもあがってきた。拝殿の左手前に大きな石がある。むかしの磐座だろう。大学生のひとりが腰掛けて、雄大な琵琶湖の絶景をながめている。おそらく熱き心で。