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2011年9月28日水曜日

 生活や仕事への実感を失ったあとに開いた穴をなにで埋めるのか?



 (中央手前が焼岳、後ろが乗鞍岳)

 キンモクセイが香っています。
 高校時代の彼女との初デートがいまの季節でした。

 キンモクセイが香ると当時の情景が浮かびます。
 国語の授業中、その気持ちを表現したりしました。

 先生からはたくさん文章を書くよう指導されました。
 気持ちがからまわりして伝える力が不足していました。

 ま、いまから考えると赤面ものです。
 若いというのは恐ろしいことです。

 ただ通勤電車中の高校生たちを見ても
 そんなもんかなとも思います。

 「マークスの山」の流れで、いま高村薫さんの
 「レディ・ジョーカー(下巻)」(新潮文庫)を読んでいます。

 ビール会社恐喝犯たちに、合田刑事がいつものように
 組織の論理にしばられながら、静かな怒りを燃やしつつ挑んでいます。

 その際、合田は犯人の生きる世界と自分の生きる世界を対比させます。
 どちらが人間として豊かなのか?

 合田はおもうように進まぬ捜査のあいま、心に開いた穴を埋めるため
 バイオリンを弾き、読書をします。

   代わりに、時間があれば、学生時代に読んだ古い本を手当たり次第に
  引っ張り出しては読み耽ることをやっていたが、

  現実の生活や仕事への実感を失ってしまったあとに開いた穴を
  活字で埋めていかなければ、一秒もじっとしていられなかった。

  そうして7月には『ブッデンブローク家の人々』と『ユリシーズ』と
  『大菩薩峠』を読み、

  8月は『カラマーゾフの兄弟』『ジャン・クリストフ』『チボー家の
  人々』と続いてきて、いまは5巻目の3分の2まで来たところだった。

 このラインナップをみただけで
 合田刑事といちど話をしてみたいという気になります。

 「ファイト!」「いっぱーつ!」による交情とは
 ちがう種類のものでしょうが。

 最近ちょっと気になるのは
 若い弁護士たちがあまり読書をしていないことです。

 若いときに、上記ラインナップのうち
 半分は読んでいてほしい気がします。

 やはり若いころから本を読んできた人間のほうが好ましいな
 と思うきょうこのごろです。
 

2011年9月15日木曜日

 孤高の山


 
 キム・ヨナが1位のときと違って2位では
 まったく注目されないとボヤいていました。

 経営でも、どんなに狭い市場でもいいから1位になれ!
 知名度がまったく違うから、といわれます。

 その際に引き合いに出されるのが
 日本で1番高い富士山(3776m)です。

 2位の山をみなさんご存知ですか?答えは「マークスの山」
 (高村薫)こと南アルプスの北岳(3193m)です。

 山登りをする人はともかく
 一般の人は知らないのが普通でしょう。

 それほど1位と2位の知名度には差があるといわれます。
 でも高さだけの違いでしょうか?

 山の上から見える他の山の名前を言い当てることを
 山座同定といいます。

 この山座同定が日本でもっとも容易な山は富士山でしょう。
 見間違いようがありません。
 
 すっきりとした美しいシルエットであるし
 なにより孤高です。

 高さもさることながら
 孤高であろうとも美しく生きたいものです。
 

2011年8月22日月曜日

 鳳凰三山



 夜叉神峠で「マークスの山」の捜査陣とわかれて
 北上すると、鳳凰三山がそびえています。

 薬師岳(2780m)、観音岳(2840m)と
 地蔵岳(2764m)の三山です。

 これだけ仏さまが並んでいるにもかかわらず
 ずっと雨にたたられました。

 いや、仏さまのご利益で、雷にうたれず
 増水で足止めされず、無事、下山できたと考えるべきか?

 鳳凰山の由来は、深田久弥さんの「日本百名山」(新潮文庫)
 によると、つぎのような伝説が。

  天平宝字2年(758年)5月、剃髪して法皇となられた孝謙天皇が
  夢のお告げによって、遙か東国の早川の上流奈良田に遷居された。

  天平宝字8年南都に還幸して重そされたが、それまで7年間奈良田に滞在
  され、その地を山城国奈良に因んで山代郡奈良田と名付けられたという。

  法皇及びその従者は奈良田滞在中に芦安から北の山に登られた。即ち現在
  の鳳凰山であって、それは法皇山から来たものである。

  そして今も残っている北御室、南御室、御座石などの名は
  その当時の名残りだと伝えられている。
 

2011年8月21日日曜日

 夜叉神峠



 10月21日午前11時。変死体発見の一報を受け
 甲府から南アルプス林道を登ってきた捜査車両4台は

 夜叉神(やしゃじん)峠付近のトンネルをいくつも越え
 さらに広河原までの山道を登ってゆくところだった。…

 高村薫さんの「マークスの山」(新潮社)の
 冒頭しばらくの記述です。

 広河原は富士山の次に高い、日本第2位の高峰である北岳の
 登山基地です。

 夜叉神峠は甲府から南アルプス林道を使って
 広河原入りする際の玄関口にあたります。

 いかにもなにか事件が起こりそうな
 玄関口ではあります。

 2003年4月、われわれ九州弁護団は薬害肝炎訴訟を提訴しました。
 被告は、ヒト、モノ、カネで圧倒的な力をもつ国と製薬大企業でした。

 多数の医学・薬学上の論点が争点となりました。
 なかでももっとも熾烈に争われたのがフィブリノゲン製剤の有効性でした。

 われわれの拠り所は、薬事審議会のなかの血液製剤に関する再評価調査会が
 獲得性の疾患に対する同製剤の有効性を否定していたことでした。

 医薬品はいったん承認してしまったら、以後ずっとOKというわけではなく
 市場で販売された後も再度評価をやりなおす制度があります(再評価)。

 血液を固める複数の因子のうちの一つであるフィブリノゲンが欠乏するため
 大量に出血するとされる疾患のうち、先天性でないものが獲得性です。

 同調査会の審議も変転し、結論が出るのも長い時間を要しているのですが
 最終的には同製剤の獲得性疾患に対する同製剤の適応を否定しました。

 上記調査会の当時会長をしていたのが、衣笠恵士先生でした。
 われわれは先生に原告側の証人になっていただきたいと依頼しました。

 その際、先生がどのような研究をされているかネットで検索しました。
 するとよくあることですが、同姓同名の方が3名いるようでした。

 ひとりは再評価調査会の元会長であろう血液を専門とする医師
 あとひとりは昆虫の研究者、もうひとりは水泳の記録保持者でした。

 昆虫の研究者である衣笠氏は、研究誌に 
 「夜叉神峠のハナカミキリ3 種」といった論文が掲載されていました。

 おどろいたことに、実際にお会いしてみると
 上記3人はいずれも同一人物でした。

 東大の医学部を出て、血液の分野で優れた業績を残すだけでなく
 昆虫も研究され、水泳もお上手という多才な先生だったのでした。

 われわれの質問がずいぶん初歩的で稚拙だったせいで
 先生にはずいぶん叱られました。

 それでも多数回の打合せを経て福岡地裁でご証言いただき
 勝訴判決の大きな力になりました。

 ネットで検索すると、先生はいまでは
 薬害肝炎の原告側証人という肩書きもついています。 

 私も夜叉神峠でカミキリ虫をさがしてみましたが
 おっかけっこをするリス2匹を見かけただけでした。