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2022年4月19日火曜日

傾山遠征(3)ー下山

 





 傾山のセンゲン尾根へ下ること1時間、九折越に。前回とちがい、明るいうちにたどり着くことができた。キャンプ場と無人小屋がある。誰もいない。この日は終日、他の登山者に会うことはなかった。

まずは水場へ向かう。宮﨑方面へくだるくだる。こんなに遠かったかな。ようやく見つけた。ななんと水場は涸れていた。試行錯誤のすえ、わずかな流れにパイプを挿して、なんとか水を確保することができた。煮沸必須である。

小屋に入る。誰もいない。3人で三隅をぜいたくに占拠する。灯りはなく、持参のヘッドランプだけが頼りだ。お湯を沸かし、夕食づくり。荷物軽量化のためレトルトのドライカレーと豚汁、そしてお茶。

食後はなにもすることがないので就寝。エアマットを膨らませ、寝袋に入る。明日の予想気温は2度だったので、着込めるだけ着込む。

前回来たときは、シカの群れが周辺を駆け回り、ひづめの音が響いていた。シカの食害対策が進んでいるせいか、今回、シカの気配はない。

その代わり雨だれの音が大きく響く。夜半、風が強くなり、山を鳴らした。

目が覚めると0時過ぎ。窓からは月明かりが煌々と照らしていた。明日は予報どおり、風は強いものの晴れるようだ。最近の天気の的中度はすごい。

翌朝、祖母山へ向かうかどうか議論する。気温2度、風速18メートル。体感温度はマイナス16度である。稜線上の風と寒さは厳しく、低体温症が心配された。われわれは大事をとって下山することにした。

下りは九折コース。コースタイムは2時間35分。稜線上は風がきつかったが、ほどなくおさまった。右手の尾根上にヤマザクラ、アケボノツツジが咲いている。

さらにオオカメノキも花をつけている。きのうはまったく展望がきかなった。きょうは傾山の坊主頭が望める。ヤマザクラ越しの撮影。ブナの新緑がまばゆい。苔も新芽だろうか、文字どおりモスグリーンに輝いていた。

山が深い、谷も深い。浸食がすすみ、勾配もきつい。油断すると転げ落ちそうだ。右手ふかく谷川の音が響く。下山するにつれ、それが近づいてくる。

この日、登ってくる登山者は3グループ4人だった。彼らの安全を祈る。福岡から遠いし厳しいので、多くの人が登れる山ではない。玄人向きの山である。

山懐の深さに比例して、わが心の奥深くまで沁みた。来年もまた来たいものだ。


2022年4月18日月曜日

傾山遠征(2)ー登頂!

 


 原尻の滝を見学したあとは、タクシーでぽつんと一軒家にでてくるような細い道をくねくねといく。右手西側は祖母山の山壁、左手東側は傾山の山壁、その谷間を分け入る。

ほどなく九折登山口に着く。別名、豊栄鉱山跡登山口。むかしは錫・銅が採れた。花崗岩と石灰岩の境界となっている。花崗岩はマグマが地中深くで冷え固まったものだし、石灰岩は太平洋のサンゴ礁跡である。造山活動の複雑さが思いやられる。

奥岳川沿いはカドミウム汚染の恐れから、鉱害復旧事業が行われている。水は澄んでいるけれども魚影は見かけない。鳥がさえずっている。

今回は三尾コース。旧坑道を歩いて谷を詰めていく。途中、登山道に入り、75mある観音の滝を巻いていく。林道と出会い、三尾の尾根に取り付く。

急な傾斜だ。山が古いせいか、全山、傾斜がきつい。しばらくすると数百年はあろうかと思われるモミやツガの巨木が並んでいる。強風と上部が折れてしまったものも少なくない。ときおりヒメシャラのすべすべ樹はだが混じる。

稜線が近づくと、ミツバツツジ、アケボノツツジが咲き誇り、われわれの疲れた体を癒やしていくれた。昼食後、ようやく三尾に到着。

天気予報では曇りのはずが、いつまでも雨があがらない。シャツがぐしょぐしょだ。アブラチャンも雨に濡れて輝いている。

山頂付近は岩稜で厳しい。二つ坊主、三つ坊主と呼ばれている。日本むかし話に「吉作落とし」というのがある。吉作が岩稜にはえる岩茸を採りに行き、滑落して死んだ話だ。たしかに険しい山だ。その上、気温も低下し、雹かアラレのようなものまで降り出した。

傾山の山頂は1602メートル。ガスガスだが、マンサクが咲いていた。山の季節は2月から5月の花まで凝縮されている。

山頂付近は、アセビの花も満開だ。ミツバツツジと競演している。ガレガレの厳しい山に美しい花々のとりあわせ。これぞツンデレの極北。惚れてしまうやないか~。

2022年4月17日日曜日

傾山遠征(1)-原尻の滝


 先週末は、大分と宮﨑の県境にある祖母・傾山をめざした。怪鳥会の春山行事だ。みな仕事に忙しく、参加は怪鳥、Mさん、当職の3人、すこし寂しい。

木曜16時に仕事を切り上げて、大分で前泊。翌金曜6時39分、豊肥線の始発に乗り、小一時間ほど西へ向かう。豊肥線と聞くと、おならを思い浮かべてしまう。古いギャグだ。

緒方駅で降りる。緒方といえば、平家物語に登場する緒方三郎。緒方の荘の荘官で、豪族の姫と蛇神の子であるという(大和の三輪山伝説のパクリ?)。はじめ平家方であったが、源氏方に寝返り、平家を大宰府・九州から追い落とした。鎌倉殿の○○人目かである。

タクシーをチャーターし、まず、駅からほどなくのところにある原尻の滝を見学した。日本の滝百選の一つ。東洋のナイアガラと呼ばれていた。いまでは「東洋の」というのは小さい声でしか言わないらしい(ナイアガラの滝と呼ばれる似たような滝がいろいろあることが分かり、東洋一とは言えないことが判明したかららしい。タクシーの運ちゃんが寂しそうに話してくれた。)。

ふつう滝といえば山を削った谷にある。しかしここは平野の真ん中にあるのが特徴だ。なぜかというと阿蘇の大噴火、大火砕流によってできたからだ。写真で滝の向こう側が火砕流のあと、溶解凝灰岩だ。

阿蘇は4度、大噴火している。これは9万年前、4度目の噴火のときのものだ。そんなこと調べてどうすると思うかもしれない。それがわれわれの仕事に直結することもあるのだ。

愛媛県伊方町に四国電力伊方原発が存在する。阿蘇から130キロ東に離れている。しかし広島高裁は「約9万年前に発生した阿蘇カルデラの噴火で火砕流が原発敷地内に到達した可能性が小さいとは言えない」として、原発の運転差し止めを認めた(昨年、裁判長のお話をうかがう機会があった。)。

山口大の調査によると、この火砕流は山口市にも到達しているようだ。時間軸としても地理軸としてもスケールの大きな話である。