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2023年2月6日月曜日

モンゴルから来た留学生の送別会

 

 日曜は糸島で、モンゴルからの留学生(女性)の送別会だった。ロータリークラブには奨学金制度がいくつかあるが、本件は米山奨学金制度によるもの。

任意参加のクラブメンバー9人と本人の10人で送別会を行った。会場はクラブメンバーの一人が営む「古材の森」という古民家。大学に近いので。

日本では土木を学ばれたそう。といっても環境土木といってデザインに近い。橋を架けるにしても、まわりから浮き上がるデザインにするのか、まわりに溶け込むものにするのか、みたいな。

モンゴルのことを知らない。モンゴルといえば、みな、草原でのテント生活とか、力士ぐらいの知識しかない。

首都はウランバートルである。人口は150万人くらい。それなら福岡市とおなじくらいだ。草原でのテント生活とは違う。

第2の都市エルデネトの人口は10万人。モンゴル全体の人口も320万人。つまり、ウランバートル一極集中だ。大気汚染もひどいので、第2の首都づくりの計画もあるらしい。

国全体の人口密度は1平方キロメートルあたり2人。国連加盟国のなかで、一番少ないという。

2人のうち1人は都市に住んでいるわけだから、草原地帯では一平方キロメートルに1人しか住んでいない。お隣まで塩を借りにいくのに、1キロメートルは歩く計算だ。

留学生としてはもちろん日本に残るという選択肢もあるが、故郷に帰って同じ志の人たちと連携してモンゴルに貢献したいという。がんばってほしい。

参加者の一人が一度モンゴルを訪問しようとしきりに誘う。う~ん、休みをとっておなじ内陸にいくのなら、敦煌に行ってみたいのだが。

2018年5月14日月曜日

九大講義


 5月9日は,九州大学で講義をしました。

 当職が九州大学の法学部に入学したのは昭和53年(1978年)の4月です。ことしは2018年ですから,あれから40年経ったことになります。

 当時,九大の教養部は六本松にありました。高校まで大阪で育ったので,受験のとき博多駅のバスセンターで,「六本木まで!」と言ったことがあります。バスセンターのおばちゃんも,「それなら六本松でしょ。」と言ってくれればよかったのでしょうが,「そんなバス停ありません。」というお答えでした。

 いまは教養部ではなく,基幹教育と呼ぶようです。キャンパスは九大学園都市,糸島にあります。はじめて行きました。

 講義の内容は「コミュニケーション入門」。8回連続講座で,毎回,ちがう分野の講師が当該分野からみたコミュニケーションを語るというものです。

 わたくしは,日常の法律業務をコミュニケーションという切り口から整理して話しました。日常の法律業務について話すので,具体的な話題じたいは,市民大学などで話す内容とそう違いはありません。

 日常の法律業務ですから,民事事件を中心に話しました。法律上のコミュニケーションというと他の分野と異なり,自己実現や他者との交流を目的とするものではありません。

 法や裁判といえば,コミュニケーションというより,解決を強制されるイメージですが,そこに至るまでは,コミュニケーションができない当事者の間のコミュニケーションを回復し,尽くさせる機能もあるのかなと思います。

 九大の学生相手の話ということで,すこし気負ってしまって,やや抽象論に流れてしまい,学生さんたちには難しかったかもしれません。

 100人くらいの生徒さんたちが出席。法学部の学生もいますが,他学部の学生さんも含まれています。

 終わったあとに,カードを提出し,そこに感想やコメントが書いてあります。誰のカードかはわかりますが,実際の教室でどこに座っていた誰のものかまではわかりません。

 そこにあるとおり,本講義をきっかけに,法律上のコミュニケーションに少しでも興味をもってもらえれば幸いです。

 なお,こんご,当職のことを「九大で教鞭をとったこともある(偉い)先生」と理解してもらっても結構です(冗談です)。