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2023年6月4日日曜日

薬害肝炎九州原告団総会@岡山(1)後楽園・岡山城ほか

 




 薬害肝炎九州原告団総会@岡山に参加した。薬害肝炎は大筋解決したものの、薬害教育、薬害資料館建設など再発防止対策などをなお議論している。

なぜ岡山なのか。九州原告団なのだけれども、中国地方にも原告さんがいらっしゃるからである。みなさん、お元気そうだった。

会議は午後からだったので、午前中に岡山入りして観光した。駅前の桃太郎像からして親近感がわく。このところ、サルやキジが身の回りでワイワイしているからだ。

まずは駅前からバスで、後楽園へ。アフターコロナだろうか。団体旅行とおぼしき高齢者や学生でにぎわっていた。

つぎに旭川を渡って、お隣の岡山城へ。岡山は戦国武将・宇喜多直家・秀家以来の城下町。城中、その解説がしきり。インバウンドだろうか、外国人も多数。

その後、県美、市立オリエント美術館をめぐった。県美企画は和田誠展。週刊誌の表紙などを飾るイラストレーターだったが、きょうび、ジブリはもちろん、銀河鉄道999だろうがゲゲゲの鬼太郎だろうが美術館に展示していけないものはなくなった。

市立オリエントはお見それしましたという感じ。一点一点の豪華さでは大英博物館にひけをとるかもしれないが、系統だった学問性は勝るとも劣らないだろう。展示の立派さにくらべ来館者がすくないのが残念。さらなる残念は時間切れ。

昼食は西国街道沿いの昭和レトロなお店で。

2023年5月23日火曜日

松山観光(3)円満寺、法厳寺、石手寺(51番札所)、湯築城

 





 松山二日目の観光をどうするか?考えていたら、ホテルの部屋に、松山市内観光用の地図があった。これに従って歩くことにした。

地図といっても、子どものころ書いた宝探しの地図のようなもの。ざっくりとした概念図。おおよその方向と位置関係が分かる程度。そのため何度か道を間違えて、ドラクエふうお遍路旅になった。

まずは道後温泉本館のすぐ裏にある円満寺。縁結びのご利益があるという大きなお地蔵さまが鎮座していた(1枚目の写真)。お地蔵さまは子どもを守ってくれるという。カラフルなお守りがたくさん奉納されていた。

そこからさらに坂を登ると、法厳寺。時宗の開祖、一遍上人の出身地であるという。時宗は念仏踊りで知られているが、盆踊りの起源らしい。寺内には句碑が並んでいた。松山はどこへ行っても句碑がある。

寺に至る階段では子規と漱石が語りあったらしい(2枚目の写真)。ほんとうだろうか。

寺のまえを南に登ると、きのうも参拝した伊佐爾波(いさにわ)神社。きょうも晴れて、松山市街の絶景が見渡せた。さすがパワースポット。

次は、四国遍路51番札所の石手寺を目指した。しかしここからが迷った。地図では湯月公園テニスコート前を遠ってまっすぐいけそう。しかし行き止まり。地元の人に何度も尋ねて、寺をたずねあてた。

途中、にきたづ会館というのがあった。額田王の歌にでてくる熟田津である。いまでは海岸線まで遠いが、むかしはここら辺まで海岸線が進入していたのであろうか。

石手寺(いしてじ)は関西テイストでディープな雰囲気だった。もちろん真言宗。ここもまたパワースポット。本堂の前には弘法大師がいつも握っておられる金剛杵がゴールドに輝いていた(3枚目の写真)。

ミシュランガイド(観光・日本編)で☆を獲得している。本堂奥にはマントラ洞窟があり、まさにドラクエ探検の雰囲気だった(礼を失していれば、すみません)。

参拝後はいったん道後温泉方面に戻る。そして、中世河野氏が君臨した湯築城史跡公園を散策(4枚目の写真)。

公園には、水辺の宝石といわれるカワセミを狙うカメラマンたちがたむろしていた。そのよこでは、道後温泉の開湯伝説に伝わるシラサギの子孫のそのまた親戚だろうか、アオサギも遊んでいた(5枚目の写真)。