2023年5月24日水曜日
松山観光(4)お遍路旅、太山寺、圓明寺
2023年5月23日火曜日
松山観光(3)円満寺、法厳寺、石手寺(51番札所)、湯築城
2023年5月22日月曜日
松山観光(2)松山城、湯月城、子規記念博物館
四国愛媛(伊予)の松山観光をつづける。道後温泉のあとは、ランチをはさんで、松山城へ。
現存12天守の一つ。平山城。1602年関ヶ原の戦いで戦功のあった加藤嘉明が築城。城の登り口のところには馬上の銅像がたっていた。
平山城といっても、標高131mの勝山の上に建っている。ロープウェイやリフトでも登ることができるが、もちろん歩いて登った。
城郭をぐるぐる回りながら登っていき、ようやく天守閣に達する(1枚目の写真)。松山市街がすべて見渡せる絶景(2枚目の写真)。さっきまで散策していた道後温泉街ものぞむことができる。その向こうには石鎚山も顔をのぞかせていた(3枚目の写真の左上)。
下城して、道後温泉街にあるホテルにチェックイン。宴会まではまだ時間があったので、ひとり抜け出して、松山市立子規記念博物館を訪れた。
松山城は近世の城である。中世の松山には、河野氏が築いた湯築城があった。その場所は道後温泉のすぐ隣である。現在、湯築城史跡公園として整備されている。その中に博物館はある。市立のわりには立派なハコ物である(4枚目の写真)。
正岡子規は松山の出身。明治時代、短歌、俳句などの分野で近代日本文学の革新運動を行った。松山を訪れた漱石とも交流している。
松山は日露戦争をたたかった秋山兄弟の出身地でもある。もちろん子規とも交流があった。司馬遼太郎の『坂の上の雲』に詳しい。再読していくつもりが、できなかった。なにせ長い。
子規とはホトトギスのこと。夏の季語。ちょうどいまの時期、四王寺山や宝満山で鳴いている。「特許許可局」や「テッペンカケタカ」と鳴いているというのであるが、「ホトトギスヨ」としか聞こえない。
「ほととぎす鳴きつる方を眺むればただ有明の月ぞのこれる」の和歌があるとおり、鳴きつる方を眺めても声しか聞こえない。
子規は晩年、結核を患った。病状が進むと血を吐くことになる。ホトトギスは口のなかが赤い。そのため、血を吐きながら鳴いているといわれる。子規は、血を吐きながら歌や俳句を詠む自分をホトトギスになぞらえた。壮絶な名前である。
ここまでは知っていたけれども、晩年は脊椎カリエスも患い、激痛に苦しんでいたようだ。結核とカリエスの症状にくじけず、近代日本文学の革新運動にとりくんでいたのだから、やはり偉人である。
あまり知られていないが、子規は草創期の野球を楽しんだ。坊ちゃんカラクリ時計の脇にはバットを持った子規の銅像が花を愛でていた(5枚目の写真)。
2023年5月21日日曜日
松山観光@はるか社員旅行(1)
2023年2月1日水曜日
一片の氷に世界を見る(4)
春風や闘志抱きて丘に立つ 高浜虚子
顧問会社からお誘いを受け、春の社員旅行に同行させてもらう予定である。行き先は四国は愛媛松山。松山での訪問先について打合せに余念がない。
いま松山といえば、やはり夏井いつき先生にお目通りねがいたい。が、お忙しいようだから、正岡子規の記念館でも訪ねようかと思う。
子規は明治期、松山出身で、俳句の中興の祖である。芭蕉ののち俳句の世界は停滞していた。それを芭蕉に帰ることで刷新した。
時代は明治であるから自然科学の伸張著しく、俳句の世界でも自然主義が浸透しやすかったのだろう。つまりは「写生」「写実」。
子規は元来ホトトギスの意である。ホトトギスは口の中が赤い。子規は結核を患い、喀血していた。そこからの雅号である。覚悟と凄みが感じられる。
子規には二人の高弟がいた。高浜虚子と河東碧梧桐。子規を玉とすれば、飛車・角のような存在である。虚子と碧梧桐は非常に仲がよく、寝食をともにした。虚子が子規に師事して俳句を学んだのは碧梧桐の誘いによる。
ところが虚子は、碧梧桐のもと婚約者と結婚した。いまでいえば略奪愛。しかも碧梧桐が入院中に仲よくなったらしい。碧梧桐は、入院中に婚約者と友情を同時に失った。心痛いかばかりであったか。
そのせいかどうかは分からないが、二人は流派を違えるようになった。虚子は季語(季題)と五七五という詩形のしばりをどこまでも重んじた。これに対し、碧梧桐はこれらの拘束をきらい、自由な詩作を提唱するようになった。
略奪愛が原因であれば、虚子が自由を、碧梧桐が拘束を主張しそうなものだ。しかし俳句の世界では逆の立場になった。
虚子は、碧梧桐の新傾向俳句との対決を表明。つぎの句を詠んだ。
春風や闘志抱きて丘に立つ
そして『俳句の作りよう』(角川文庫)に、こう述べている。
近来俳句についての拘束を打破してかかることを主張するものがありますが、・・・私は十七字、季題という拘束を喜んで俳句の天地におるものであります。この拘束あればこそに俳句の天地が存在するのであります。・・狭いはずの十七字の天地が案外狭くなくなって、仏者が芥子粒の中に三千大千世界を見出すようになるのであります。






















