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2023年8月7日月曜日

黒部五郎岳と雲の平へ(5)長大な稜線とピーク

 
(弓折岳、笠ヶ岳)

(双六小屋、むこうに鷲羽岳)

(双六岳の台地、むこうに槍ヶ岳)

(双六分岐から丸山、三俣蓮華岳)

(三俣蓮華岳)

(鷲羽岳、左奥に水晶岳)

 北アルプスの最奥部、黒部五郎岳と雲の平への山旅2日目のつづき。

1日目の宿泊小屋である鏡平山荘から1時間の登りで弓折分岐に着く。ライチョウの母子と出会ったところだ。1枚目の写真の真ん中のピークが弓折岳。その手前が弓折分岐。左斜め下に鏡平山荘がある。

弓折分岐から稜線を歩いて1時間超で双六小屋だ。1枚目の写真、真ん中から右へハイマツが生えていないのが登山道。それを真ん中から右へ歩く。

小ピークを3つほど乗り越すとやがて双六小屋が見えてくる(2枚目の写真)。まるで桃源郷のよう。小屋の向こうに鷲羽岳がそびえている。小屋の右(東)側の斜面を登っていくと、やがて槍ヶ岳に着く(西鎌尾根)。

左(西)側の斜面を登っていくと双六岳だ。1時間の登り。双六岳は円錐形ではなく、台地状になっている。振り返ると、槍ヶ岳へつづく登山道がのびている。まるで滑走路のよう。有名な絶景だ(3枚目の写真)。

山頂からは360度の大展望。東に槍ヶ岳や穂高岳、西に黒部五郎岳や薬師岳、南に笠ヶ岳・焼岳・乗鞍岳・御嶽山、北に三俣蓮華岳・鷲羽岳・水晶岳など。

双六岳からは北に転針する。三俣山荘まで、また1時間超の歩き。途中、丸山と三俣蓮華岳を越えていかなければならない(4枚目の写真)。

三俣蓮華岳は長野県、岐阜県、富山県の3県の県境をなしている。カール地形が美しい。カールは氷河が削った丸い谷である(5枚目の写真)。

三俣蓮華岳を乗り越えると、鷲羽岳が大きく迫る。鷲羽岳の山麓に三俣山荘がある。いくつもの稜線とピークを越えてようやく今日の宿泊地だ。ふう(このあと積乱雲が発達し、2時ころから雷雨となった。)。

2022年9月21日水曜日

黒部の山賊

(ハクサンイチゲ)
 
 (水晶岳)

(夕景、金沢方面)
(水晶岳と雪渓)
(チングルマと間違えそうなチョウノスケソウ)
(槍ヶ岳)
(ワリモ岳)
(鷲羽岳)
(シコンタンソウ)
(薬師岳)
(黒部五郎岳)
(コバイケイソウ花畑ごしに鷲羽岳)
(鏡平で一瞬だけみえた槍の穂先)

 にっぽん百名山「野口五郎岳」では、インフルエンサーのちゅーたさんの案内。山の絶景だけでなく、案内人と野口五郎小屋の人々との家族的な交流も描かれていた。

コロナ禍による打撃は世界のすみずみまで及んだろうが、山小屋も例外ではない。というより最も深刻な打撃を受けた部類だろう。もともと辺鄙なところでの零細経営。夏の間だけ2か月程度の営業期間。もともと密な構造のところにソーシャル・ディスタンスを持ち込むから定員半分での営業。それでも従業員に感染者が出て10日間閉める小屋が続出・・・。

野口五郎小屋は、烏帽子小屋と水晶小屋の中間にあって、やや中途半端な立ち位置。3人兄弟の真ん中で、状況により兄姉でもなければ弟妹でもないみたいな不安定。もちろん天候急変時などや休憩には最適だけれど、晴れていれば通過してしまうみたいな。

考えさせられながら、録画をみるととともに、山仲間にも情報提供する。ついでに、番組表をながめていたら、BSNHKで「黒部の山賊」の再放送があるようだ。

水晶小屋の先には三俣山荘がある。北アルプスの最深部、黒部の源流ちかく。どこから登っても2日はかかる。昔は山賊がでたとの伝説が残る。そこの主人が書いた本をもとに、その子どもたちと家族の奮闘を描く。

まえに視聴したことがある。それなりに楽しんだ。今回は、夏の山行での交流を経たうえで、思い出を交えての視聴である。楽しみ。

2011年2月2日水曜日

 今さらジロー(3)



 日本百名山の一つ、北アルプスの鷲羽岳に源を発し
 黒部川は一路北へ日本海をめざします。

 川が削った黒部峡谷はV字谷となり
 日本の秘境100選のひとつです。

 途中、雲ノ平、薬師岳を迂回して黒部湖・黒四ダムに至ります。
 その難工事は「黒部の太陽」として、小学校の教科書に載っていました。

 立山・黒部アルペンルートがここを東西に横断し
 みどころの一つですから訪れたことがあるという方もおおいでしょう。

 黒部ダムからさらに西に剣、東に鹿島槍、五竜、白馬などの山塊を削って
 富山湾のほうへ下ると、欅平、黒薙温泉をへて宇奈月温泉にいたります。

 昭和のはじめ、この温泉場で熱いたたかいがくりひろげられ
 大審院(当時の最高裁)判決が形成されました(宇奈月温泉事件)。
 
 民法判例百選のはじめに紹介されている判例であるため
 3日ぼうずの法学部生でも一度は読んだことがあるものです。 
 
 宇奈月温泉は7.5Km上流にある黒薙温泉から
 引湯管を使いお湯を引いていました(いまもそう)。

 引湯管は黒部峡谷の急傾斜地につくられていたところ
 2坪だけ利用権を得ていない他人の土地を横切っていました。

 その土地の所有者が引湯管の持ち主に、土地を高額で買い取るか
 所有権に基づく妨害排除として引湯管の撤去等を求めた事件。

 これに対し、大審院は
 ①所有権が侵害されてもこれによる損失がいうに足りないほど軽微
 ②撤去することが著しく困難で莫大な費用を要するような場合

 ③不当な利益を獲得する目的で、その除去を求めるのは
 権利の濫用にほかならないと判示しました。

 その妥当な結論に誰もが「うなづき」ました。
 この結論を導いた法律論が権利の濫用の法理です。

 戦後の民法改正のとき、権利の濫用はこれを許さない。
 と明記されました(民法1条3項)。

 法を適用する裁判所が判例という形で法を形成し
 法をつくる国会が後追いした例です。

 とはいっても、民法は基本的には権利の行使を擁護する法律ですから
 権利の濫用が認められることはきわめて例外的とされています。 

 司法修習生時代、研修所の民事裁判のK教官が
 「権利の濫用を言い出したらそちらの当事者の負けだ」
 と断言されていました。

 そうはいっても弁護士たるもの
 権利の濫用を主張せざるをえないこともあります。

 K教官はしばらく福岡地裁で部総括(部長)判事をされていましたが
 もちろん、その時でさえも。

 (つづきはまた明日)