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2023年11月19日日曜日

事務所研修旅行@宮島・広島平和記念公園(1)

 





 事務所の研修旅行1泊2日へ行ってきた。行き先は宮島・広島平和公園。

初日は宮島。秋の安芸の宮島。日本三景の一つ。廿日市側・宮島口から頻繁に船が渡している。

乗船まえに腹ごしらえ。店はあなごめしうえの。店前は長蛇の列、予約していてよかった。炭火で焼いた香ばしい穴子のコースに舌鼓。柳川のうなぎと似て非なるところがおもしろい。昼から満腹。ぜいたく。

厳島神社が世界遺産に登録されている。本殿、拝殿、回廊などが国宝。海上に立つ朱塗りの大鳥居は日本三大鳥居の一つ。

祭神は宗像三女神である。宗像大社とおなじ神、というか宗像大社からやってきたらしい。福岡とご縁がある。三女神はアマテラスとスサノオの娘たち。海の交通安全の神様。

平清盛が安芸守となったことから隆盛した。日宋貿易船を大和田泊(兵庫港)まで導き入れる拠点でもあったという。ことし六甲山全山縦走を行った際、山上から遠望したのが大和田泊のあたりだったので感慨深い。

船の側面をみると伊都岐号というのがある。福岡県人からすると糸島?と思ってしまう。が、厳島はふるく伊都岐島と表記されたことによるようだ。

上陸すると、鹿がよってくる。子どもがおずおずとなでている。

宿である錦水館に荷物を置いて、表参道商店街へ。そしてやまだ屋で、もみじ饅頭づくり体験に興じる。単純作業だができばえに差が出てしまう。なにごとも奥がふかい。

饅頭づくり体験のあとは観光。ガイドさんは島一番らしい(自分で名乗ったのではない。通りすがりの他のガイドさんがそう紹介していた。)。ぼくがダジャレをいうとダジャレで返してきたから、そうとうの腕前と拝察した。

まずは旅の安全を感謝して道祖神社(幸神社)参拝。坂を登ると、五重塔がみえる。五重塔にまっすぐは向かわず、交流館へ。大杓子を見学。

そこから五重塔へ戻る。豊国神社(千畳閣)参拝。秀吉の死により未完。ここに入口ができるはずだったという空間が秀吉の夢の挫折を際立たせている。

厳島神社は5回目くらいだが、ガイドさんつきでは初めて。先達はあらまほしきものなり。NHKの2時間でめぐる厳島神社で予習していたものの、いろいろと知らないことを教えていただいた。ガイドさん、ありがとう。

2021年7月29日木曜日

出羽三山ー羽黒山


 (羽黒山国宝五重塔)

 (出羽三山神社@羽黒山頂)

 六月三日、羽黒山に登る。図司左吉といふ者を尋ねて、別当代会覚阿闍梨に謁す。南谷の別院に宿して、憐憫の情こまやかにあるじせらる。
 四日、本坊において俳諧興業。

 ありがたや雪をかをらす南谷

 五日、権現に詣づ。当山開闢能徐大師は、いづれの代の人といふことを知らず。延喜式に「羽州里山の神社」とあり。書写、「黒」の字を「里山」となせるにや、羽州黒山を中略して羽黒山といふにや。出羽といへるは、「鳥の羽毛をこの国の貢に献る」と、風土記にはべるとやらん。月山・湯殿を合はせて三山とす。当寺、武江東叡に属して、天台止観の月明らかに、円頓融通の法の灯かかげそひて、僧坊棟を並べ、修験行法を励まし、霊山霊地の験効、人貴びかつ恐る。繁栄長にして、めでたき山と謂つつべし。

 羽黒三山は修験道の山岳信仰の場。羽黒山は現世の幸せを祈る山(現在)、月山は死後の安楽と往生を祈る山(過去)、湯殿山は生まれかわりを祈る山(未来)であり、羽黒三山の旅は生まれかわりの旅とされます。

羽黒三山には2013年10月に登りました。福岡からだと新潟空港まで飛行機で行き、そこから特急いなほで鶴岡駅まで。鶴岡駅から羽黒山の麓まで車で20分ほどです。

一日目は羽黒山に登り、麓の宿坊に泊まりました。羽黒山は標高414メートル、ほぼ四王寺山とおなじ高さです。

図師は、染物師。阿闍梨は、天台宗高僧の職名。権現は、仏が神の姿を借りて現れたとする神号(本地垂迹)。

能除大師は、崇峻天皇の第三皇子・蜂子皇子のこと。崇峻天皇が蘇我氏に殺害されたとき、出羽に逃げたところ、羽黒権現が示現し、羽黒三山を開いたとされます。人々の苦悩をよく除いたことから、能除大師と呼ばれました。

武江東叡は、上野の寛永寺のこと。止観は、天台宗でもっとも大切な教義。妄念を止め精神を集中し道理を悟ること。円頓融通は、円満にして偏らず、すみやかに成仏し、すべてをまんべんなく悟ること。

ここらあたりの解説は、曽良によるものでしょう(室の八島の段参照)。いまでいえば、博識なガイドつきで羽黒三山詣でをしているかんじでしょうか。