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2021年11月8日月曜日

砂の中の銀河


  わが事務所の代表である稲村晴夫弁護士(以下、弁護士という。)が古希を迎えようとし、事務所開設40周年もちかいので、記念に弁護士の本づくりをしている。

まず弁護士から若手弁護士にむけた連続講座を6回開いた。それを録音・反訳したものを第1部とした。

それにこれまでいろいろとご指導いただいた諸先輩や親しくお付き合いいただいた知人・友人のかたがたに寄稿していただいたものを第2部とした。

そして事務所開設以来の写真や大学時代の友人のかたが送ってくださった写真など100枚以上、ビジュアルも充実させようと思う。

現在、それら原稿や写真はでそろったので、出版社に依頼してゲラをつくってもらっている。年内には第一稿ができあがってくる予定だ。

残る問題はいくつかあるが、大事なのはタイトルだ。『地域弁護士として生きる』というのが固い。しかし、あまり詩的でない。なにかよいタイトルはないものか。

弁護士は居酒屋で飲み、カラオケで歌うのが大好きなので、十八番の歌詞になにかよいものはないものか。

『一日二杯の酒を飲み』、『マイクが来たなら微笑んで』(いずれも河島英五の『時代おくれ』から)などは人柄を彷彿とさせてよいと思うのだが、弁護士は気に入らないようだ。

以前から弁護士は若手弁護士にたいし『地上の星』になれと発破をかけている。それなら『地上の星』からなにかよいタイトルはないものか。

『風の中のすばる』、『砂の中の銀河』などはどうか。よいかんじだが、すこし洒落すぎだろうか。

中島みゆきから著作権侵害で訴えられないだろうか。ま、それならそれで話題性になってよいかもしれない(笑)。人類の文化は模倣と逸脱から生まれるものだから。

「砂の中の銀河」という歌詞もオリジナルだろうか。たとえば、ウイリアム・ブレイクの有名な『無垢の予兆』の冒頭はこうだ。

 一粒の砂に世界を見、
 一輪の野の花に天を見る。
 汝の掌に無限を捉え、
 一時の中に永遠を見よ。

中島みゆきがブレイクの一節からインスピレーションをえたのだとしても驚かない。むしろ尊敬する。

そもそもブレイクの世界観でさえ、かれのオリジナルだろうか。華厳経は「世界を太陽の顕現であるとして、かすかな塵の中に全世界を映し、また一瞬の中にを永遠を含むという一即一切、一切一即の世界観が根本教理である」という(井上靖『天平の甍』7頁注)。

中島みゆきの歌詞が華厳の滝の震動のように心に響くのは、われわれの心に仏教が深く根ざしているからだろうか(こんなことを書くと、ブレイクはどうなんだと訊かれそうだけれども、それはまたの機会に)。

2021年6月14日月曜日

末の松山


沖の石からすこし歩くと、末の松山に着きます。末の松山も有名な歌枕。どんな大波でもここを越えることはないとされます。それを踏まえて

 君をおきてあだし心をわが持たば 末の松山波も越えなむ 東歌

わたしが浮気をするようなことになれば、末の松山を波も越えることでしょう(そういうことはないですよ)。

これを本歌にして、ひねったのが清原元輔の有名な歌  

 ちぎりきなかたみに袖をしぼりつつ 末の松山波こさじとは 

詞書に「心変はりて侍りける女に」とあります。清原元輔の歌は百人一首でみなさんもご存じのことと思います。元輔は清少納言の父で、『後撰和歌集』の撰者、当時を代表する歌人・歌学者。

この歌をさらにひねったのが芭蕉のおくのほそ道。

 末の松山は、寺を造りて末松山といふ。松間々皆墓原にて、翼を交はし枝を連ぬる契りの末も、つひにはかくのごときと、悲しさもまさりて、塩竈の浦に入相の鐘を聞く。

「翼を交はし枝を連ぬる契り」は、白居易の「長恨歌」から。白居易は、清少納言の『枕草子』に香炉峰の雪ならんと中宮定子が尋ねた際のもととなった漢詩の作者。

「長恨歌」は玄宗皇帝と楊貴妃の愛を歌ったもの。その契りの言葉。

 天に在りては願わくは比翼の鳥となり
 地に在りては願わくは連理の枝と為らんと

「地上の星」の歌詞みたいですが、比翼の鳥は、夫婦が一枚ずつの翼で並んで飛ぶ鳥。連理の枝は、二本の木でありながら枝が繫がっているものです。

若いころ絶対あだし心をもたないよと契った恋人たち、翼を交わし枝を連ねる契りを結んだ夫婦。不易の愛を誓った彼らも、ついには墓に入ってしまうのだなぁ、悲しいなぁ・・ごーん。

ところで「まつ山のなみ」は古今集の仮名序にも出てくる有名事件。869年の貞観津波を踏まえているとされます。その津波の際に末の松山を波が越えなかったことから歌枕になっているとか。

東北大震災の津波も、末の松山を越えることはなかったといいます。こうした津波をめぐる伝承を不易のものとして語り継ごうという動きもでているようです。