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2023年2月5日日曜日

誠実な先輩経営者の肖像

 

 先週は、高校同級生がSNSに投稿した氷の写真から発想した「一片の氷から世界を見る」だった。最後は『博士の愛した数式』のエンディングで流れたブレイクの「無垢の予兆」で締めくくった。

氷の写真の投稿者から「今週のブログ、本日の見事な着地に感動しました」とお褒めの言葉をたまわった。ありがとうございます。

忘れがちだが、ブログもコミュニケーションの一つであることに違いない。こうしたリアクションをいただくことで、それを思い起こさせてもらえる。そしてなにより励まされる。

おなじころ、『若い芸術家の肖像』(ジョイス著・丸谷才一訳・集英社文庫)を読了した旨のメールをいただいた。就職情報誌などを発行する会社を経営されている先輩経営者Sさんから。何千日も毎日走り続けていることで有名な鉄人経営者である。

話は2年前にさかのぼる。年2回ちくし法律事務所が発行するニュースの新年号にこう書いた。

 「ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』を1年がかりで読んでいます。いま3回目が終わったところ。1回目、さっぱりなんのことやら分からない。2回目5%ぐらい、3回目10%くらい分かったような気がする。とにかく1文ごと、1行ごとに謎が仕掛けられている。難しすぎて自分だけで謎ときをしようとしても、まったく歯がたたない。参考書(つまり、解答例集)3冊を片手に少しずつ読み進める。なるほど、なるほど、そうなのかー。めちゃくちゃスリリング、めちゃくちゃ面白い。主人公はわれわれ読者。さすが20世紀の最高峰、そういう本です。」

これに対し、Sさんからお尋ねのメールがこうあった。

 「あけましておめでとうございます。本年もよろしくおねがいします。
さっそくですがニュースレターちくしを拝読させていただいてます。
ジェイムス・ジョイスのユリシーズの記事に興味を持ったのでメールを差し上げました。・・それで質問です。
日本語訳ですか?
貴殿が3回で10%なら、私はどうなるんだろう。
あと何回読まれるつもりですか?
解答例集というのが別売であるんですか?
すみません、お時間のあるときにでも教えてください。」

この質問に対し、『ユリシーズ』を読破するうえで役にたつ参考書を3冊ご紹介した。その中の一冊がジョイス初期の自伝的小説『若い芸術家の肖像』である。

Sさんはこのアドバイスにしたがい、同書を読破されたようだ。といってもこの2年間ずっと読み続けていたわけではなく、最近病気療養をされたのでその機会に取り組まれたらしい。

いろいろと尊敬しどころ満載の先輩であるけれども、後輩の事務所ニュースを読み、メールで感想をよせ、それに対する返信メールにも答える、それも2年がかりで実践する。その誠実な姿勢にあらためて敬意をおぼえた。

2023年2月2日木曜日

一片の氷に世界を見る(5)

 


 『博士の愛した数式』(小川洋子著・新潮文庫)。第一回本屋大賞なので、読まれたことがあるだろう。

家政婦が派遣されていった先は、数学博士の家。博士は一日中ほぼ数学のことを考えていて、世界の成り立ちは数の言葉によって表現できると信じている。

問題は交通事故の後遺症により、博士の記憶が80分しかもたないこと。前日の記憶がないことから毎日、新人家政婦さんとして靴のサイズや誕生日を訊かれる。どうしてもぎくしゃくしてしまう。

ぎくしゃくしてしまう原因は、博士がコミュ下手なことにもある。ほぼ一日中、数学のことを考えていて、じゃまされるのを嫌う。会話が苦手な局面になると数学の話題に逃げ込んでしまう。

そこへ子どもを連れて行ったところ、頭の形がそっくりということでルートと名付けられ、なぜか温かい交流がはじまる。数学ぎらいの読者にも数学好きかもと誤解させる好著。

映画にもなった。深津絵里が家政婦、寺尾聡が数学博士(先生)。原作にほぼ忠実に実写化されていたが、ところどころ違うところも。

いちばんの違いは、エンドロールのまえに、ブレイクの「無垢の予兆」があらわれ、ルートがこれを朗読するところだろうか。

  一粒の砂にも世界を
  一輪の野の花にも天国を見,
  掌のうちに無限を
  一時のうちに永遠をつかめ。

たしかに、世界の成り立ちは数の言葉によって表現できるのだから、一片の数式で世界を表現することができる。

ということで今週は、一片の氷に世界を見、ブレイクの詩に世界を見、かすかな塵に三千大千世界を見、五七五の十七文字に世界を見、数の言葉に世界を見た。

2023年1月30日月曜日

一片の氷に世界を見る(2)

 


 ブレイクの詩の題は「無垢の予兆(Auguries of Innocence)」。全132行からなる。岩波文庫・松島正一編に紹介されているのは、その最初の4行。

  To see a World in a Grain of sand
  And a Heaven in a Wild Flower,
  Hold Infinity in the palm of your hand
  And Eternity in an hour.

  一粒の砂にも世界を
  一輪の野の花にも天国を見,
  掌のうちに無限を
  一時のうちに永遠をつかめ。

山歩きをする者としては、やはり2行目に惹かれる。

この4行が「無垢の予兆」の初めであるとともに全体の要約でもある。
「一」と「全」の同時把握が求められている。「一」と「全」は一粒の砂と世界、一輪の花と天国、掌と無限、一時と永遠。詩の構成もそうかな。

実はこの考えはブレイクの独創ではなく、日本にも古くからある。

2023年1月29日日曜日

一片の氷に世界を見る(1)

 


 高校時代の同級生がSNSに、氷の写真を投稿した。大雪予報だったにもかかわらず、大阪市内では雪が降らなかった。けれども、氷ははったということだった。

この写真の美しさはどうだろう。氷だけにフォーカスして、背景に広がる大阪市内はボカシている。いつも写真にセンスを感じる。

なにかものを言いたくなったので、「一片の氷に世界を見る(Wブレイクふう)」とだけコメントした。これだけでは意味が分からないかもしれないけれども、くどい説明は嫌味かなと思ったのだった。

すると高校時代の恩師が、解説のコメントをつけてくださった。

To see a World in  a Grain of Sand
And a Heaven in a Wild Flower
(一粒の砂に世界を見、野の花に天国を見る)
ウィリアム・ブレイク( イギリスの詩人)
補足説明をばさせていただきました。

たしかに、先のコメントだけでは意を尽くしていない。いつも、ご配慮ありがとうございます。

先生のアシストもあり、その後のやりとりも盛り上がった。インターネットの普及により、人間の嫌な面が増幅されるようにもなった。しかしそれまでにはなかった楽しい交流が果たされることもある。利用する側の心しだい。

2021年11月8日月曜日

砂の中の銀河


  わが事務所の代表である稲村晴夫弁護士(以下、弁護士という。)が古希を迎えようとし、事務所開設40周年もちかいので、記念に弁護士の本づくりをしている。

まず弁護士から若手弁護士にむけた連続講座を6回開いた。それを録音・反訳したものを第1部とした。

それにこれまでいろいろとご指導いただいた諸先輩や親しくお付き合いいただいた知人・友人のかたがたに寄稿していただいたものを第2部とした。

そして事務所開設以来の写真や大学時代の友人のかたが送ってくださった写真など100枚以上、ビジュアルも充実させようと思う。

現在、それら原稿や写真はでそろったので、出版社に依頼してゲラをつくってもらっている。年内には第一稿ができあがってくる予定だ。

残る問題はいくつかあるが、大事なのはタイトルだ。『地域弁護士として生きる』というのが固い。しかし、あまり詩的でない。なにかよいタイトルはないものか。

弁護士は居酒屋で飲み、カラオケで歌うのが大好きなので、十八番の歌詞になにかよいものはないものか。

『一日二杯の酒を飲み』、『マイクが来たなら微笑んで』(いずれも河島英五の『時代おくれ』から)などは人柄を彷彿とさせてよいと思うのだが、弁護士は気に入らないようだ。

以前から弁護士は若手弁護士にたいし『地上の星』になれと発破をかけている。それなら『地上の星』からなにかよいタイトルはないものか。

『風の中のすばる』、『砂の中の銀河』などはどうか。よいかんじだが、すこし洒落すぎだろうか。

中島みゆきから著作権侵害で訴えられないだろうか。ま、それならそれで話題性になってよいかもしれない(笑)。人類の文化は模倣と逸脱から生まれるものだから。

「砂の中の銀河」という歌詞もオリジナルだろうか。たとえば、ウイリアム・ブレイクの有名な『無垢の予兆』の冒頭はこうだ。

 一粒の砂に世界を見、
 一輪の野の花に天を見る。
 汝の掌に無限を捉え、
 一時の中に永遠を見よ。

中島みゆきがブレイクの一節からインスピレーションをえたのだとしても驚かない。むしろ尊敬する。

そもそもブレイクの世界観でさえ、かれのオリジナルだろうか。華厳経は「世界を太陽の顕現であるとして、かすかな塵の中に全世界を映し、また一瞬の中にを永遠を含むという一即一切、一切一即の世界観が根本教理である」という(井上靖『天平の甍』7頁注)。

中島みゆきの歌詞が華厳の滝の震動のように心に響くのは、われわれの心に仏教が深く根ざしているからだろうか(こんなことを書くと、ブレイクはどうなんだと訊かれそうだけれども、それはまたの機会に)。