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2023年1月29日日曜日

一片の氷に世界を見る(1)

 


 高校時代の同級生がSNSに、氷の写真を投稿した。大雪予報だったにもかかわらず、大阪市内では雪が降らなかった。けれども、氷ははったということだった。

この写真の美しさはどうだろう。氷だけにフォーカスして、背景に広がる大阪市内はボカシている。いつも写真にセンスを感じる。

なにかものを言いたくなったので、「一片の氷に世界を見る(Wブレイクふう)」とだけコメントした。これだけでは意味が分からないかもしれないけれども、くどい説明は嫌味かなと思ったのだった。

すると高校時代の恩師が、解説のコメントをつけてくださった。

To see a World in  a Grain of Sand
And a Heaven in a Wild Flower
(一粒の砂に世界を見、野の花に天国を見る)
ウィリアム・ブレイク( イギリスの詩人)
補足説明をばさせていただきました。

たしかに、先のコメントだけでは意を尽くしていない。いつも、ご配慮ありがとうございます。

先生のアシストもあり、その後のやりとりも盛り上がった。インターネットの普及により、人間の嫌な面が増幅されるようにもなった。しかしそれまでにはなかった楽しい交流が果たされることもある。利用する側の心しだい。

2022年4月11日月曜日

仰げば尊し


 今朝も西鉄二日市駅は、筑陽高校や産業高校の生徒であふれていた。やはり謎だ。なぜ、春先だけこのように多いのか。なぜ、季節が進行すると少なくなるのか。少なくなった人たちはどこへ消えてしまうのか。みなが不登校というわけではあるまい。リタイアしたときの研究課題としたい。

ぼくは高校時代、自転車通学だった。下松町桜ヶ丘から岸和田高校まで。往きはよい、下り坂だから。しかし帰りはたいへんだ、登り坂だから。そこで日々鍛錬し、いつ来るともわからぬ機会に備えたわけである。おかげでいまでも元気に山に登ることができている。

電車通学の連中がうらやましかった。自転車通学ではまったく出会いがない。下手すると脇見運転で交通事故につながりかねない。電車通学で知り合う高校生のドラマを見た日には、やるせない気持ちになった。

ところが夢はかなった。高校3年生のとき、父が九州へ単身赴任し、残された我々は泉佐野市日根野の社宅に引っ越したのである(いまはない。)。父が転勤しなければ、九州の大学を受験することもなかったと思う。運命の分かれ道である。それはまた別の機会に書こう。

ともかく日根野から南海本線の泉佐野駅まで自転車、そこから蛸地蔵(たこじぞう)駅まで電車通学となった。1年間いろいろあった。しかし期待したような車中での劇的な出会いはなかったとだけ言っておこう。

頭のなかが、なぜ、高校時代モードになっているのか。それは・・・。

きのうもきのうとてブログを書いた。「事務所春研修ー不易流行」である。昼過ぎ、メッセンジャーでメッセージが届いた。なんと高校時代の恩師からだ。「今朝のブログですが、いしづえ、は礎では?」。

たしかに(赤面)。「わが事務所の発展の礎となるもの。」のくだり。礎ではなく、石杖と誤記してしまっていた。ただちに訂正した。

恩師がブログを読まれていることにビックリ。恐縮してしまった。そして誤記に対するご指導。45年たったいまでも、高校時代の師弟関係のままにあたたかいご配慮をたまわったのであった。ありがとうございます!

2015年12月7日月曜日

人間だもの


 
 フェイスブック(FB)の功罪はあろうが,すくなくとも
 高校時代の恩師・友人と交流を楽しんでいる。

 友だちのOくんからこういう投稿があった,
 なぞなぞである。

 小伝馬町のビルに「ま」の字が書いてある
 なぜ「ま」なのか?他にひらがもなく不思議である,と。

 小伝馬町といえば,東京日本橋の北にあり
 時代劇にでてくる牢屋敷で有名

 吉田松陰も安政の大獄のときに
 ここで斬首刑に処されている。

 さて,Oくんのなぞかけに対する
 恩師・友人らの反応は? 

 ま~なんでしょ? とか
 間が悪い とかの反応のほか

 ビル内のスペースが広いので
 「せ」が外された,とか

 社員が多忙なので,「ひ」が外された
 など,いくつかのなぞときがなされた。

 ぼくのなぞときは
 むかって左手がおでん屋,右手が町屋なのでは?

 わかります?
 いつものだじゃれです。

 恩師からのコメントをいただいた。
 意味がわからず,夫に教えてもらました(^^)

 こでんま,で,
 おでんまではないだろうとは思いますが(^^)

 すかさず,友だちのYくんから
 つぎのようなアシストが

 上方落語『くっしゃみ講釈』で,〈吉祥寺の小姓の吉三〉が
 覗きカラクリを歌う場面があり,小伝馬町がでてくる。

 米朝師匠の録音を確認したら「おでんまちょう」と歌っており
 昔はそういう読み方もあったらしい,と。

 恩師のまとめ
 FBは皆の叡智が集まって賢なりますなあ(*^_^*)

 人と人とのあいだに「ま(間)」があって
 人間になるということでしょうか。

 おあとがよろしいようで。

                                浦田