ラベル 草枕 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 草枕 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2021年6月1日火曜日

飯塚温泉ー眠れない夜を乗り越えて


 残念ながら、芭蕉は九州に来たことがありません。二日市温泉に来ていれば、芭蕉ファンがどんどんやってきて、宿泊客がいまの2倍にはなっていたのに。と、ある卓話で話したことがあります。前のほうの席できいたおられた大丸別荘の社長がそうだよねという顔をされていました。

だけれども、いくつか例外があります。その一つは飯塚温泉、いまの飯坂温泉です(名前を変えたのは、芭蕉に悪口を書かれたからでしょうか、笑。)。

 五月朔日のことなり。その夜、飯塚に泊まる。温泉あれば湯に入りて宿を借るに、土座に筵を敷きて、あやしき貧家なり。灯もなければ、囲炉裏の火かげに寝所を設けて臥す。

天気も最悪、持病まで・・。

夜に入りて雷鳴り、雨しきりに降りて、臥せる上より漏り、蚤・蚊にせせられて眠らず、持病さえおこりて、消え入るばかりになん。

さて、芭蕉がこのように書いているからといって、ほんとうにそうだったかは別です。草加のところで書いたとおり、「おくのほそ道」はあったことをそのまま書いていると誤解させますが、そうではありません。

あくまで芭蕉の文学作品なのです。自分が言いたいことを明るく際立たせるために、その前段をわざと暗く書いたりしているのです。「草枕」のつぎは、「明暗」の手法です。

 短夜の空もやうやう明くれば、また旅立ちぬ。・・・遥かなる行末をかかへて、かかる病おぼつかなしといへど、羇旅辺土の行脚、捨身無常の観念、道路に死なん、これ天の命なりと、気力いささかにとり直し、道縦横に踏んで、伊達の大木戸を越す。

2021年5月31日月曜日

飯塚の里ー佐藤兄弟の悲劇

(阿武隈川@二本松付近) 

 (左が弁慶@安宅関)

 草枕とは道野辺に草を枕にして寝る意で、旅にかかる枕言葉です。

 草枕旅行く君を幸くあれと いはひへ据ゑつ我が床の辺に(万葉集)

 われらが草枕の旅は、月の輪の渡しで阿武隈川を越え、瀬の上の宿を経て、佐藤庄司の旧館・城跡に至りました。

庄司は庄の司という意味で、本名は佐藤元治。義経の家来、佐藤兄弟の父です。佐藤兄弟は、継信と忠信。奥州藤原三代目・秀衡の命により、義経の家来に。

継信は、屋島の戦いで、平教経の放った矢に義経の身代わりになって戦死。黒羽の段で、源氏方の那須与一の剛弓の話をしましたが、その逆です。「平家物語」や謡曲「屋島」に出てきます。

忠信は、頼朝から追われ落ち延びる際、義経の身代わりになって都に潜伏。居所が密告により追っ手にバレて囲まれ自害。芭蕉は忠義に生きた彼らの霊を召喚しながら、涙を落としました。こちらは歌舞伎の「義経千本桜」に出てきます。

こうして佐藤兄弟は、若くして亡くなってしまったわけですが、能や歌舞伎を通じて、不易の名をいまに伝えることになったのでした。パチパチ。

 またかたはらの古寺(医王寺)には石碑があり、ふたりの嫁も召喚しました。そのしるしが、まづあはれ。佐藤兄弟に代わり、凱旋姿を姑に見せたといいます。

芭蕉は、女なれどもかひがひしき名の世に聞こえつるものかなと、袂をぬらしました。「女なれども」というのは芭蕉がおっしゃっていることなので、悪しからず。

寺に入りて茶を乞へば、ここに義経の太刀・弁慶が笈をとどめて什物とす。そして一句。

 笈も太刀も五月に飾れ紙幟(かみのぼり)

 きょうは6月1日、五月じゃないぞ、もたもたしているからだと芭蕉に叱られているわけではありません。芭蕉のいう五月は旧暦ですから、新暦でいえば6月10日から30日間。いまから飾っても間に合います。智に働かなくても角は立ちません。

 ※ところで、博多大丸地下2階の和菓子屋「鈴懸」ご存知ですね。鈴懸というのは、弁慶がひっかけている上っぱりのことですよ。

2018年10月24日水曜日

顧問先企業の社員研修旅行に参加して


        (金鱗湖ほとりのシャガール美術館)  

 先週末はある顧問先企業のご招待で,社員・研修旅行に参加させてもらいました。

 1泊2日で,行き先は別府・由布院。おいしい料理を堪能し,温泉でひごろの疲れをいやし,リフレッシュしました。

 ノリが体育会系の会社で,わたくしも社員さんたちといっしょに白黒タイツを着せられ,錯覚ダンスというのをやらされました。これって,みんなが自主的にやっている分にはいいけど,そうでなければパワハラだよねと思いながら踊りました。

 企業というのは,それぞれの理念や目的にむかって組織的に行動する人の集まりです。目的を高く達成するには,できるだけ結束したほうがいい。でもあまり結束を強くすると窮屈で息苦しい。

 「知に働けば角が立つ,情に棹させば流される,意地を通せば窮屈だ,とかく人の世は住みにくい。」夏目漱石の『草枕』冒頭の言葉はいまもそのまま生きています。

 この難しいところを絶妙のバランスをとりながら組織を運営していく,人として人間らしく楽しみながら生きていく。それが大切なのでしょうね。