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2023年7月24日月曜日

訪問看護ステーションはるかのサマーパーティ

 

 顧問先である訪問看護ステーションはるかのサマーパーティに参加させてもらった。

はるかは精神病患者・精神障害者に対し訪問して看護を提供する会社。 

https://rainbowrose.info/index.html

かつてハンセン病(らい病)の隔離政策の違憲性を問う裁判に取り組んだ。ハンセン病は感染力がわずかである。にもかかわらず、外貌醜状をきらい、必要もないのに社会からの排除(隔離)が官民をあげて大規模に行われた。

こうした偏見・差別はハンセン病にとどまらない。薬害エイズでもそうだったし、薬害肝炎でもそうだった。いまでもコロナ患者やO157など感染症患者に対する偏見・差別はなくなっていない。

精神病患者・精神障害者は感染症ではないけれども、やはり偏見・差別にさらされている。弁護士会では、精神障害者らに対する不必要な入院をなくすよう長年取り組んできた。

遅ればせながら行政もこの問題への取組みをしている。しかし家族・社会や医療側の理解が得られず、遅々として理解・解放はすすまない。

訪問看護というのは、精神障害者らを病院(隔離)ではなく、社会で受け入れるための大きな受け皿となっている。

内科や外科の訪問看護もたいへんだろうが、精神科となると並大抵ではない。もともと生きづらさを抱えているので、看護も疾病対策だけでなく全生活的に援助が必要になってくる。当事務所も、そのうち法的な援助を手助けしている次第である。

訪問看護にあたる看護師さんたちは、日ごろ多大なストレスにさらされている。そのため、社員旅行、サマーパーティ、忘年会などで、普段たまりにたまったストレスを解消している。

ことしのサマパ。一次会は上呉服町にある旬菜旬味・燈明(あかり)にて。おいしい料理に舌鼓をうった。このあたり、われわれの学生時代は、御供所町と呼ばれていたと思う。友だちの下宿があり、よく訪ねていた。

2次会は、親不孝通りのあんみつ姫。「おかま」のショー、ダンス、コントの店で有名だった。39周年らしい。なんとわが事務所と同じ。よく続いたものだ。福岡だけでなく、北海道をはじめ、遠方からも客が来ている。昼間の世界水泳や博多座観劇もかねているようだ。

LGBTQのいまの時代、「おかま」という言葉は生き残っているのか。ダイバーシティ・インクルージョンの潮流のなか、「おかま」のショーは色ものとしてではなく、ショー本来のエンターテインメント性が問われているようだ。

そしてダイバーシティ・インクルージョンの潮流のなか、ハンセン病、エイズ患者、肝炎患者、感染症患者、その他あらゆる被差別者に対する偏見・差別がなくなりますように。

2023年6月1日木曜日

100周年記念式典に参加して

 

 顧問先の私立学校が創立100周年をむかえたということで、来賓として記念式典に呼んでいただいた(ひな壇上で緊張した。写真)。

教員、生徒のほか、PTA・来賓など多数参加。体育館のなかは500人くらい。生徒さんたちは代表だけで、あとは教室からオンライン参加。

100周年であるから、創立は100年前の1923年=大正12年である。大正デモクラシーの息吹に呼応したものだったのだろう。学校理念は「人を愛し ひとに愛される人間」。

創立の後、第2次世界大戦、高度経済成長、停滞、情報化、コロナ禍、ウクライナ戦争など政治・社会・経済環境は大きく変化した。

そうしたなか、学業はもちろん、野球・サッカーをはじめとするスポーツや美術・デザインの分野でも活躍されている。今年は受験者数・入学者数も過去最高といわれる。

近年、100年企業という言葉がしきりに言われる。一般企業はその特徴に学べということだが、第一は理念がしっかりしていること。生徒さんたちの笑顔をみて、学校理念の正しさを実感した。

わがちくし法律事務所も来年、ようやく40周年。地域に根ざし、自由と正義に貢献することを理念として活動してきた。100周年を自分で経験するのは難しかろうが、50周年まではなんとか頑張りたいものだ。

2023年5月21日日曜日

松山観光@はるか社員旅行(1)

 




 

 顧問先企業の社員旅行にお誘いを受け、松山観光に同道した。

松山は5回目くらい。だけれども、いままでに行かなかったところも行けて楽しかった。

計画段階では陸路+船旅も考えられていたようだが、時間がかかるということで空路で。松山空港に着陸するや、あたり一面みかん推しである(1枚目の写真)。

貸切バスに乗り込んで、まずは伊佐爾波(いさにわ)神社へ。日本三大八幡社造の一つ。社殿によれば、仲哀天皇と神功皇后が道後温泉に来湯した際の行宮跡に創建されたという。

仲哀天皇や神功皇后を祭神とする神社は北部九州にも多い。香椎宮や筥崎宮がそうだ。なぜだろう?

仲哀天皇と神功皇后の実在性は疑問視されている。しかし、神功皇后の事跡は斉明天皇のそれに似ている。

斉明天皇は、朝鮮半島で勃発した唐・新羅との戦で百済を救援するため九州まで来て、朝倉の地で没した。太宰府の観世音寺は天智天皇が斉明天皇を追悼するため建立したものである。

古事記が編纂されたのは、天智天皇の弟である天武天皇の時代である。国史を編纂するにあたり、昔のことは分からないとするより、斉明天皇の事跡を参考として神功皇后の事跡を創造したということはありうるだろう(というか、そのような説を聞いたことがある。)。

斉明天皇や中大兄皇子(天智天皇)は、いまのように飛行機でいきなり九州に来たのではない。船便である。途中、松山・道後温泉にも立ち寄り、風と潮を待っている。額田王の有名な歌はこのときの作とされている。

 熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな

熟田津とはいまの道後温泉あたり。湯が出て、田が熱くなっていたのだろう(と思っていたが、熱ではなく熟だった。熟田とはよく耕してある田の意味らしい。)。

神社の階段から下をのぞめば(2枚目の写真)、市電の道後温泉に停車中にチンチン電車が見える。あのあたりが道後温泉街だろう。

道後温泉本館は残念ながら改修中(3枚目の写真)。覆い屋がかけられていた。覆い屋の右側は石鎚山、左側はシラサギであろう。開湯伝説にシラサギが湯で傷を癒やしたとあるから。

道後温泉は日本三古湯(道後、有馬、白浜)の一つ(4枚目の写真)。万葉集にも詠まれている。二日市温泉も大伴旅人に詠まれているので、同格である。しかし、ちがいは夏目漱石だろうか。

夏目漱石は二日市温泉に新婚旅行に訪れている。しかし残念ながらそこを舞台に小説は書かなかった。松山では書いている。『ぼっちゃん』である(5枚目の写真。坊っちゃんカラクリ時計)。せっかく新婚旅行に来たのだから、短篇の一つでも書いて欲しかったな。

2019年2月5日火曜日

顧問会社のプレバト新年会


(あんみつ姫のショー)

 顧問弁護士の依頼を受けている会社に招待されて新年会に参加しました。あんみつ姫をかりきっての新年会でした。

 あんみつ姫側と同社の社員がコラボしてダンスを披露する一幕からスタートしました。仕事の合間によく練習できたものだと思います。舞台で踊るプレッシャーははんぱなかったでしょう。

 関与する企業や地域の団体から招待をうけて新年会に参加することがよくあるのですが,このような新年会は初めて。

 夏井いつき先生が講評されれば,発想の飛ばしかたが素晴らしいとコメントをいただけたと思います。

2018年10月24日水曜日

顧問先企業の社員研修旅行に参加して


        (金鱗湖ほとりのシャガール美術館)  

 先週末はある顧問先企業のご招待で,社員・研修旅行に参加させてもらいました。

 1泊2日で,行き先は別府・由布院。おいしい料理を堪能し,温泉でひごろの疲れをいやし,リフレッシュしました。

 ノリが体育会系の会社で,わたくしも社員さんたちといっしょに白黒タイツを着せられ,錯覚ダンスというのをやらされました。これって,みんなが自主的にやっている分にはいいけど,そうでなければパワハラだよねと思いながら踊りました。

 企業というのは,それぞれの理念や目的にむかって組織的に行動する人の集まりです。目的を高く達成するには,できるだけ結束したほうがいい。でもあまり結束を強くすると窮屈で息苦しい。

 「知に働けば角が立つ,情に棹させば流される,意地を通せば窮屈だ,とかく人の世は住みにくい。」夏目漱石の『草枕』冒頭の言葉はいまもそのまま生きています。

 この難しいところを絶妙のバランスをとりながら組織を運営していく,人として人間らしく楽しみながら生きていく。それが大切なのでしょうね。

2018年2月25日日曜日

顧問先交流会


(フクジュソウ@仰烏帽子)

 先週金曜は,ちくし法律事務所の顧問先交流会@ロイヤルチェスターでした。
 
 ひごろお世話になっている顧問先のみなさまにお集まりいただき,わが事務所と顧問先のみなさま,あるいは,顧問先のみなさまどうしの交流をはかりました。

 音楽演奏などの出し物はなし。すべて参加者のトークだけの会でした(一部,向井弁護士が顧客の注文で歌いましたが)。参会者のあたたかい激励もありがたかったですし,事務局のメッセージもとてもよく練られたすばらしいものでした。

 当初緊張気味にはじまった会もお開きのころには和やかな雰囲気になりました。わが事務所とみなさまの絆がますます深まったと感じました。参会者のみなさまからはとても良かったと誉めていただきました。

 わたくしは結びのあいさつ担当だったので,最後まで緊張がとけませんでした。下記のむすびのあいさつを貼り付けておきます。

 (結びのごあいさつ)
 1 みなさま,本日はお忙しい中,まことにありがとうございました。
  事務所を代表して心より御礼申しあげます。
  顧問弁護士とどうつきあったらよいのか?他社はどのようにつきあっているのか?そのようなお悩みをお持ちの方もおられたのではないでしょうか?
  きょうの集いがそのようなお悩み解消の一助になったのであれば幸いです。

2 わが事務所とみなさまとのお付き合いはさまざまです。
 ① まずは,裁判をおこさなければならない,訴えられたからということでご相談,ご依頼に来られていると思います。あるいは,家族や知人・友人や取引先が弁護士を探しているのでご紹介いただくということもあると思います。
  法律の専門家ということで,従業員共育や,顧客向けにおこなれている法律セミナーの講師にも,呼んでいただいたりもします。
  ここまでは,顧問弁護士としてベーシックなおつきあいといえるかと思います。
 ② しかしながら,われわれの仕事は,裁判関係にとどまりません。行政の審議会,研究機関の生命倫理審査会,法律上の要請による公平委員会などの外部委員もつとめています。
  弁護士は,正義・公平,公正な手続や適正な手続などの専門家でもあり,複数の意見の対立を調整することにも通じているからです。
 ③ 弁護士はまた,仕事がら日々,ロジカルシンキングやクリティカルシンキングを鍛えていて,いわゆるコンセプチュアル・スキルに秀でています。そのため,経営上のご相談をしていただいたり,企業の経営会議などにも呼んでいただいたりもしています。
  われわれをとりまく社会経済情勢はめまぐるしく変化しています。みなさまの事業においても,日々あらたな経営課題が浮上していることでしょう。新しい経営課題を解決するには,新しいモノの見方,考えかたで臨まなければなりません。
  一度,われわれにも相談してみてください。
 ④ さらに,ときには,みなさまがたの人生相談にも乗っています。
  弁護士は口が堅いですし,不倫や離婚といった修羅場を毎日のように踏んでいますから,相談あいてとして不足はないはずです。

3 逆に,われわれのほうの経営や人生の問題について相談に乗っていただいている諸先輩もこの場にはおられます。われわれも経営者であり,人間です。日々,悩みはつきません。そんなときは是非,われわれのほうの相談にも乗っていただきたいと思います。

4 顧問とは,顧みて問うと書きます。難しい問題に直面したら,ふりかえって,われわれに相談してみてください。きっとよりよい答えが見つかると思います。
  今後とも,よりよいお付き合いを,心よりお願いして結びのご挨拶とさせていただきます。本日はまことにありがとうございました。
                             以上

2015年12月10日木曜日

法は最低限の道徳(顧問先企業研修①)


 (丹沢から富士山)

 先日,顧問先企業の従業員さんたちに対し
 研修をおこないました。

 おおむね好評・・
 だったと思います,お世辞を差しひいても。

 法と法律にまつわる色んな話をしました。
 しばらくそのときの話から。
 
 まずは,「法は最低限の道徳である。」
 いろんな意味があるでしょうが,私はこう説明しています。

 社会にはたくさんの人間が暮らしています
 ときには不和や争いごとが生じます。

 そうした紛争を解決するルールが社会には必要で
 ルールは法にかぎらず,道徳や宗教などもそうです。

 そのため,道徳や宗教と法との関係が問題になります。
 それに対する答えが「最低限の道徳」というわけです。

 たとえば,有名な「モーゼの十戒」のうち
 1~5は宗教・道徳的で,6~10は法とかぶっています。
 
  1. 主が唯一の神であること
  2. 偶像を作ってはならないこと(偶像崇拝の禁止)
  3. 神の名をみだりに唱えてはならないこと
  4. 安息日を守ること
  5. 父母を敬うこと
  6. 殺人をしてはいけないこと(汝、殺す無かれ)
  7. 姦淫をしてはいけないこと
  8. 盗んではいけないこと
  9. 偽証してはいけないこと
  10. 隣人の家をむさぼってはいけないこと

 法は道徳や宗教とかぶることもあるけれども全部ではない
 法はむしろ人間関係の最低限のルールを定めているにすぎない。

 しかも,法はあまり内面に関知しない
 外形的な行動さえ律することができればよいとの立場です。

 これは大きくいえばわれわれの自由を守るため
 日常生活の細かなこと,内面のことまで法律に干渉されないためです。

 そのためではありますが,われわれが顧客から叱られることもしばしば
 その要求水準に答えられないことにもなるからです。

 交通事故を起こしたばあい
 過失があるほうは謝罪して当然です,道徳的には。

 しかし,民事事件の不法行為,損害賠償の場面では
 謝罪しなかったからといって,賠償額が高くなることはまずない。

 ここらへんが一般人の感覚とズレを生じることになる
 でも法は「最低限の道徳」だから,やむをえないんですねぇ。