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2023年5月21日日曜日

松山観光@はるか社員旅行(1)

 




 

 顧問先企業の社員旅行にお誘いを受け、松山観光に同道した。

松山は5回目くらい。だけれども、いままでに行かなかったところも行けて楽しかった。

計画段階では陸路+船旅も考えられていたようだが、時間がかかるということで空路で。松山空港に着陸するや、あたり一面みかん推しである(1枚目の写真)。

貸切バスに乗り込んで、まずは伊佐爾波(いさにわ)神社へ。日本三大八幡社造の一つ。社殿によれば、仲哀天皇と神功皇后が道後温泉に来湯した際の行宮跡に創建されたという。

仲哀天皇や神功皇后を祭神とする神社は北部九州にも多い。香椎宮や筥崎宮がそうだ。なぜだろう?

仲哀天皇と神功皇后の実在性は疑問視されている。しかし、神功皇后の事跡は斉明天皇のそれに似ている。

斉明天皇は、朝鮮半島で勃発した唐・新羅との戦で百済を救援するため九州まで来て、朝倉の地で没した。太宰府の観世音寺は天智天皇が斉明天皇を追悼するため建立したものである。

古事記が編纂されたのは、天智天皇の弟である天武天皇の時代である。国史を編纂するにあたり、昔のことは分からないとするより、斉明天皇の事跡を参考として神功皇后の事跡を創造したということはありうるだろう(というか、そのような説を聞いたことがある。)。

斉明天皇や中大兄皇子(天智天皇)は、いまのように飛行機でいきなり九州に来たのではない。船便である。途中、松山・道後温泉にも立ち寄り、風と潮を待っている。額田王の有名な歌はこのときの作とされている。

 熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな

熟田津とはいまの道後温泉あたり。湯が出て、田が熱くなっていたのだろう(と思っていたが、熱ではなく熟だった。熟田とはよく耕してある田の意味らしい。)。

神社の階段から下をのぞめば(2枚目の写真)、市電の道後温泉に停車中にチンチン電車が見える。あのあたりが道後温泉街だろう。

道後温泉本館は残念ながら改修中(3枚目の写真)。覆い屋がかけられていた。覆い屋の右側は石鎚山、左側はシラサギであろう。開湯伝説にシラサギが湯で傷を癒やしたとあるから。

道後温泉は日本三古湯(道後、有馬、白浜)の一つ(4枚目の写真)。万葉集にも詠まれている。二日市温泉も大伴旅人に詠まれているので、同格である。しかし、ちがいは夏目漱石だろうか。

夏目漱石は二日市温泉に新婚旅行に訪れている。しかし残念ながらそこを舞台に小説は書かなかった。松山では書いている。『ぼっちゃん』である(5枚目の写真。坊っちゃんカラクリ時計)。せっかく新婚旅行に来たのだから、短篇の一つでも書いて欲しかったな。

2021年6月27日日曜日

心にかかる松島の月ー「月がきれいですね」


  ・・・まづなつかしく立ち寄るほどに、月、海に映りて、昼の眺めまた改む。江上に帰りて宿を求むれば、窓を開き二階を作りて、風雲の中に旅寝するこそ、あやしきまで妙なる心地はせらるれ。

この月は、おくのほそ道の冒頭、「松島の月まづ心にかかりて」とあった月です。当初からの旅の目的であり、芭蕉一行はその目的を果たしたわけです。

芭蕉の紀行文には他に「野ざらし紀行」「鹿島詣」「笈の小文」「更科紀行」があります。このうち「鹿島詣」「更科紀行」も月見を目的にする旅です。5つの紀行文のうち3つが月見が目的だったわけです。月見の旅がよほど好きだったのでしょうね。

こういう旅の目的は日本独自ではないかという人がいます。しょんべん小僧、人魚姫、マーライオンを見に行く旅はあっても、しょんべん小僧広場で月を見たいという感性は欧米人にはないのではないかというのです。

俳句をつくるときに、一物仕立てと取り合わせという2つの方法があります。前者は一つの季語に集中して作る方法で、後者は他のものと取り合わせて作る方法です。

鹿島の月、更科の月、松島の月は、それぞれの名所と月との取り合わせです。松島だけでも十分に美しいのだけれども、それに月を取り合わせるとさらに数倍美しい効果をうみます。

三大季語として、雪(冬)、月(秋)、花(春)といわれます。ぼくはこのうち雪と花には超シビれますが、月はあまりピンとこないほうです。みなさんはどうですか。

一つには、むかしは陰暦だったということがあるかもしれません。朔日の新月にはじまり、3日の三日月、6~8日目ころに上限の月、14、15日目に望月(満月)、21、22日目ころに下限の月、そして朔日の新月。それが28日周期で毎月繰り替えされる。そうなると、やはり月の動き、見え方がとても気にならざるをえません。

芭蕉が月見を好きだった理由は、ここら辺にありそうです。月は太古から月でありながら常に変化し無常。不易流行を体現しているからです。

筑紫野市でも二日市温泉・天拝公園で観月会がもよおされています。天拝山に月の取り合わせだけでも美しいですが、女性の浴衣姿との取り合わせは、数十倍の効果をうみますね。これなら月オンチのぼくでもピンときます。

ところで観月会で女性に「月がきれいですね」というのは、勇気が必要であると知っていましたか。

夏目漱石が英語の教師をしていたとき、I love you.を教え子が私は愛すと訳したところ、漱石は「日本人はそんなことは言いません。月がきれいですね。とでも訳しておきなさい。」と言ったとか。さすが。

※漱石は新婚旅行で二日市温泉を訪れています。きっと月がきれいだねと言ったことでしょう。

 温泉のまちや踊ると見えてさんざめく 漱石

2013年10月14日月曜日

月と花火


以前,
夏の風物詩という記事で,

「筑紫野市には花火大会がない」

とお伝えしましたが,


天拝山観月会で花火が上がる


とのコメントをいただきました。
ありがとうございます。


たしかに
今週末,10月19日(土),

二日市温泉と天拝山観月会

と称して,

お祭りが開催され,
その中で打ち上げ花火が上がるそうです。


天拝山山頂で眺める
お月様と花火。
素敵なイベントですね。


好天に恵まれますよう。。。

2011年8月7日日曜日

 博多~二日市温泉17キロを走りました!



 昨年度3月に九州新幹線全線開通を応援するために
 駅伝がおこなわれ、参加したことを書きました。

 せっかくだから、おなじメンバーで
 今年度も駅伝をやろうという計画になったよう。

 6日(土)にその練習会が
 おこなわれました。

 練習会といっても、コースは博多駅→都府楼政庁跡→二日市温泉
 の17キロメートル。

 学生時代に大濠公園5周=10キロまでは
 走った経験があります。

 ですが、その後30年間、10キロを走ったこともなく
 ましてや17キロというのは未知の領域。

 真夏の昼間(午前9時30分~)ですし熱中症や故障も心配
 サッカーの松田選手が心筋梗塞で亡くなった事件も新しい…。

 ま、おつきあいだし、練習会だしということで
 3~5キロ走って、あとはお茶をにごそうと参加しました。

 すると5キロ走って、まあまあのコンディション
 なんとか行けそうな気がしてきました。

 都府楼政庁までの10数キロ地点では、先頭がペースをあげたので
 必死になって追いかけました。

 そうこうするうちに、最後はヨレヨレ状態でしたが
 二日市温泉までたどりつきました。

 久しぶりに全力を出し切ることの
 爽快感を味わうことができました。

 博多の湯で汗を流し
 龍天楼さんで乾杯。

 話を聴いているとみなさん
 フルマラソンや100キロウオークに参加されているよう。

 そういえば、後輩の弁護士たちも東京マラソンに参加したとか
 どこそこのハーフマラソンに参加したとか言っています。

 マラソンなどまったく特殊能力がもった一部の人の競技
 と思っていましたが、意外と身近かもと思いました。

 ともかく
 新しい自分に出会えた一日でした。
 

2010年11月2日火曜日

 原点にかえる



 さきの土・日は地域事務所交流会でした。
 会場は二日市温泉・大丸別荘さん。
 120名くらいが参加しました。

 法律事務所はふつう裁判所のちかくにあります。
 でも紛争は裁判所のちかくだけで起きるわけではありません。

 80年代はじめ、いくつかの地域事務所が
 地域に根づこうと各地で旗揚げしました。
 わが事務所もそのような運動の一翼をになおうとしたものです。

 地域に事務所をつくったものの、分からぬことや課題も多い。
 地域事務所が寄り集まって文殊の知恵をさがすこととしました。
 こうして地域事務所交流会がはじまりました。

 わが事務所が交流会に最初に参加したのは1984年のこと。
 当時、弁護士1、事務局1の2人事務所。

 「法律事務所が地域にある必要はない。」
 当時、福岡市内の先輩弁護士から
 面と向かっていわれた時代です。

 地域事務所がどうあるべきか
 熱心に議論しました。

 25年が経ち、どの事務所もそれなりに年輪を重ねました。
 わが事務所も弁護士7、事務局11の18人体制に。

 人的・物的規模は拡充されたものの
 地域のみなさまのニーズに充分におこたえできているのか?
 
 茹でカエルにならぬよう
 原点にかえろう。
 そういう交流会でした。