2013年2月3日日曜日
人はいさ
宝満山の帰りに
天満宮に。
飛梅が
見ごろ。
よい香が
しています。
年年歳歳,花相似たり
歳歳年年,人同じからず。
先日
そう書きました。
そういえば
和歌にも似たものが。
人はいさ 心もしらず ふるさとは
花ぞ昔の 香ににほいける
『古今集』編纂の中心人物
紀貫之のさく。
花は毎年おなじだけれども
人の心はどうなんでしょうねぇ。
2011年1月10日月曜日
初登り・雪の宝満山

8日(土)初登り
雪の宝満山に登りました。
(コース)
西鉄二日市駅→筑紫野市大石→鳥追峠→カモシカ新道→カモシカ旧道
→大谷尾根→キャンプ場→山頂→中宮跡→竈門神社→太宰府天満宮
大石では雪がなかったところ、カモシカ新道は踏み跡がなく
雪で途中で進んでゆけなくなり、あきらめかけましたが
旧道にゆき、なんとか山頂へ。
山頂は30センチメートルくらいの積雪
それでも相当数の人が登られていました。
ことしのように年末から年始にかけて何度も
雪がふりつもることもめずらしいのでは?
登ってゆきながらなんども雪に足をとられましたし
樹木にふりつもった雪がふり、頭や顔が雪だらけに。
「春の雪」で紹介したとおり、丸谷才一さんが定家に対抗して
「新々百人一首」を編んでいます。
丸谷さんが撰んだ百首の第1は
み吉野の吉野の山の春がすみ立つを見る見るなほ雪ぞふる
紀貫之
開巻第1首のテーマを春の雪にするのは
きのう紹介したとおり、豊作を祈念する祝言として。
ただ春がすみと降雪が併存するのかはちょと疑問?
屏風歌ゆえ、実写したわけではないのでしょうが。
紀貫之は、当時の高知県知事などをつとめながら
かな文学の先駆である「土佐日記」を書き
「古今集」編纂のリーダーとなっています。
古今集は春夏秋冬の歌にはじまり
春の歌は立春、春雪、鶯、若菜、柳と移りゆく季節が
緻密かつ絶妙に配されています。
仮名序は紀貫之が書いたとされます。
やまとうたは、ひとのこころをたねとして
よろづのことのはとぞなれりける。
世中にある人、こと、わざ、しげきものなれば
心におもふことを、見るもの、きくものにつけて
いひいだせるなり。
花になくうぐひす、水にすむかはづのこゑをきけば
いきとしいけるもの、いづれかうたをよまざりける。
ちからをもいれずして、あめつちをうごかし
めに見えぬおに神をもあはれとおもはせ
をとこをむなのなかをもやはらげ
たけきもののふの心をもなぐさむるは、うたなり。
…
さて、いきとしいけるもの、いづれかうたをよまざりける
ということですから、みなさまも一首いかが?
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