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2023年2月8日水曜日

最近の防犯カメラ事情

 


 火曜、いつものイタリアンでランチをしていたら、店主がなんども住居侵入されて困っているという。

事情を訊くと、家の隣にフキが生えていて、そのフキをとるために、近所のおばあちゃんが家の敷地に侵入してくるのだとか。なんども。

なぜ、そんなことが分かるの?と訊く。答えは、お客さんに奨められて7,000円で防犯カメラを買ったところ、侵入者があるとその都度報せが来るのだとか。

ためしに現在のリアル映像を見せてもらったところ、とても鮮明な画像。宮台真司さんを襲った疑いのある人物の映像をテレビで見たが、あれより鮮明。

店主は警察に相談したらしい。すると警察官は可罰的違法性がないとあしらったらしい。ほう。その警察官、なかなかよく勉強している。

ある行為が刑法に形式的に触れるようにみえても、刑罰の制裁を加えるほどのことでない場合を可罰的違法性がないという。

住居侵入といっても、隣のフキを採るのが目的だし、おばあちゃんだし、ま、いいではないか。ということである。

われわれが刑事裁判で、可罰的違法性がないと主張しても一切受け付けない。でも自分たちが楽をするためなら言うという点が気になったが、当職の見解も同じである。

それより、そこはよく前を通るところであるが、逆にこれでこちらが監視されていることにもなる点が気になった。

春先になると、庭々にはコブシやウメの花が咲く。そこへメジロが飛んできたりもする。カメラを持っていれば、美しい花や鳥の写真を撮ったりする。もちろん宅地内に侵入することはないのであるが、軽犯罪法というのがあって、「のぞき」は犯罪とされている。

他人の庭の花や鳥を撮影しただけでは、「のぞき」とはいえない。少なくとも可罰的違法性はないはずだ。けれども、この場合も警察官と見解が一致するとはかぎらない。あらぬ疑いをかけられぬよう気をつけなければ。

2015年12月14日月曜日

法の不知はこれを許さず(顧問企業研修③)


「法の不知はこれを許さず」
あるいは,「法の不知は害する」。
という法格言があります。

主に刑法の分野で議論されます。
「法律を知らなかったとしても,そのことによって,
罪を犯す意思がなかったとすることはできない。」(刑法38条3項本文)

速度違反で捕まったときに,「この道路が時速○○キロメートル規制
ということは知らんかったので・・・」という弁解は許されないということです。


あまり論じられませんが,この問題は刑事法の分野だけでなく
民事法,行政法の分野でも問題になりえます。

膨大な六法全書,弁護士や検察官,裁判官でさえ
おそらく全部知っているということはないでしょう。

お客さんから,すごいですねぇ~と持ちあげられますが
実はぜんぶは知りません。

とくに近時,社会が複雑になり,かつ,変動速度を速めているので
法律も日々制定・改正されていきます。

法律だけでなく,下位の政令・省令や通達まで含めると
とうてい手に負えるものではありません。

社会生活を律するルールはこれら制定法だけでなく
判例法もあります。

裁判所も日々判決を言い渡し
それらが積み重なって判例法を形成しています。

英米法などは
判例法を基本としているぐらいです。


われわれが日ごろ接する例で多いのは
相続・遺産分割や時効に関するルールです。

きょうは相続に関するルールについて紹介し
時効などについてはまたの機会に。


相続に関して,民法の相続編は
2とおりの制度を定めています。

ひとつは法定相続制度
ひとつは遺言制度です。

洋服でいえば,前者はレディメイド
後者はオーダーメイド

食事でいえば,前者は定食(シェフのお薦め)
後者はアラカルトです。

相続発生のきっかけとなる亡くなった人のことを
被相続人といいます。

相続のしかたについて,被相続人があれこれと
指示をするのが,遺言制度です。

それに対して,民法がこのように分けなさいと
指示をするのが,法定相続制度です。

遺言があればこれが優先し
なければ法定相続によることになります。


ただし,遺言があるにせよ,ないにせよ
相続人どうしで,どのように分けるかは決められます。

相続人どうしの仲が悪く,話がつかないのであれば
遺言や法定相続がその解決指針となります。

相続人どうしで話がつかないときには
家裁の裁判官が分け方を決めることになります(審判)。

その際に準拠する解決指針が
遺言や法定相続になります。

配偶者がいて,子ども2人,家庭円満であれば
じぶんたちで話し合って決めればよいです。

法定相続では,夫が亡くなったばあい
妻2分の1,子どもたち4分の1ずつです。

ですが,遺族で話し合い
母親がぜんぶ相続することにすることも多いです。

このような家族であれば
遺言をつくらなければならない必要性も低いです。


逆に,遺言をつくったほうがよい場合があります。
でも往々にしてあまり作られていません。

法定相続制度は,100件の相続が発生したときに
だいたい70~80件くらいはうまくいくように作られています。

しかし,残りの20~30件については
どうかなという感じになります。

たとえば,子の1人が両親と同居して
親の介護を長らくしてきたような場合です。

3人兄弟であれば
他の兄弟と平等に3分の1となります。

介護をしてきたのが長男の嫁であれば
まったく相続分がありません。

寄与分や特別受益という調整規定があるものの
うまく機能していないと思います。

寄与分は,親の商売を長男が手伝って遺産の形成に寄与したような場合
多めに相続できるという制度です。

家裁での遺産分割調停や審判も裁判所でおこなうことなので
争いのある事実を主張するときは証拠の裏付けが必要になります。

親の介護を長年おこなってきたことはともかく
それによって遺産が増加,もしくは減少しなかったことの証明は困難です。

特別受益は,逆に,生前に贈与を受け取っている場合
遺産の先渡しとして勘定されるという制度です。

農家で長男が農業を手伝っているようなとき
田畑を生前贈与している場合があります。

親の意思としては長男に多く相続させるつもりだったと思われますが
特別受益制度によると,遺産をもらえなくなったりします。

このように法定相続をそのまま適用したのでは
不公平感が残る,そのようなケースでは遺言をつくる必要があります。


しかし,被相続人が亡くなってから相談にきたのでは遅すぎる
いまさら,どうもなりません。

その際,ついつい「生前に遺言書をつくってもらっておけば
よかったですねぇ」と言わずもがなのことを言ってしまいます。

その場合,よくある反応が
「そんなことになるとは知りませんでした。」です。

むろん,遺言制度じたいを知らないことはないでしょうが
親の介護を長らくしても報われないことを知らなかったということでしょう。

そんなときに頭をよぎるのが
「法の不知はこれを許さず」,「法の不知は害する」です。

日々変化する膨大な法令をぜんぶ知っていることは不可能でしょうが
相続など基本的なところはセミナーなどで押さえておいたほうがいいでしょうね。

2013年6月5日水曜日

詐欺と悪徳商法(1)






きのうは月1度の事務所会議でした。
毎月の出来事や方針を話しあいます。

その席に,お客さまがこられました。
ブログの話題等について話してもらいました。


弁護士によるネットでの情報発信について
「読者の役に立った話題」を教えてもらいました。

ネットユーザーの関心を反映してか
ランキングの1位から50位まで男女関係の話題がずらり。

本ブログのモットーは明るく楽しくなのですが
読者の知りたいことも伝えなくてはなりませんね。

ランキングの話題を参考に
ときどき,解説していきたいと思います。


さっそくきょうは
「詐欺と悪徳商法」に関する話題から。

えっ,サドの悪徳の栄え?
ちがいます。

悪徳というと背徳が原義でしょうが
商道徳に反するという意味でしょうね。

悪徳商法とは,悪質な者が不当な利益を得るような
社会通念上問題がある商売方法とされています。


他方,詐欺は,他人をだまして
金品を奪ったり損害を与えたりすることです。

詐欺となれば犯罪で,刑法で処罰されますし
民法上も契約を取り消すことができます。

しかし実際問題,詐欺かどうかは
外側から判断がむずかしい。

ラーメン屋台での無銭飲食を例にとりましょう。
(悪用はしないでください。)

屋台に入る前,財布が空であることを知っているばあい
この無銭飲食は詐欺になります。

でも,ラーメンを注文した後,財布が空であることに気づいたら
詐欺にはなりません。

仮に,実際は前者であったとしても
それを法廷で立証することは困難です。


悪徳商法はたんてきに詐欺商法
といったほうがわかりやすいでしょう。

でも,詐欺というと上のような理由で
範囲がせばまってしまいます。

詐欺にはならないかもしれないが
かぎりなく詐欺的な商売もあるでしょう。

古典的な詐欺にはあたらないとしても
消費者を保護すべき場合があります。

このような理由で,詐欺商法と呼ばず
悪徳商法と呼んでいるんでしょうね。


さて,そうするとどこまでが
悪徳商法なのか線引きがむずかしい。

①「悪質な」者が②「不当な」利益を得るような
③「社会通念上問題がある」商売方法?

悪質かどうか,不当かどうか,社会通念上
問題があるかどうか?価値判断が3つも必要です。

なかなか難しい判断です。
どう考えたらよいのでしょう?

(続く)

2011年10月19日水曜日

 一歩、一歩



 ちくし法律事務所ニュースのことしの新年号に
 ご寄稿いただいた黒川徹先生が本を出版されました。

 「一歩、一歩 小児神経科医のあゆみ」
 (慶應義塾大学出版会)です。

 国立療養所西別府病院と医療法人誠愛リハビリテーション病院の
 院長当時、職員むけに話した原稿を中心にまとめられたもの。

 黒川先生らしい気さくな人柄とユーモア
 あふれる文章で、読んでいて楽しくなります。

 なかでも恩師との交情、ご家族への愛情などは
 さすがという感じです。

 海外留学や海外視察のレポートも軽快で
 ときになされる文明批評はなるほど。

 そうした先生の小児神経科医としての一歩、一歩のあゆみを
 知ることができました。

 さて我田引水のきらいはありますが、なんと
 当事務所ニュースになされた寄稿も掲載されています。

 「パウロ・ロムブロソー先生の太宰府訪問の際に」という文章で
 その際、黒川先生と私の話したことが記されています。 

 光栄です。
 また医学界の大先生がたが居並ぶなか、大変恐縮です。

 パウロ先生はエール大学で児童精神医学を講じられ
 日本小児神経学会総会で特別講演をするために来日。

 黒川先生の恩師のご子息にもあたられます。
 九大講演のため来福のおりには太宰府天満宮にもご案内されました。

 ところで、犯罪とはなにか?
 について、刑法理論では大きな2つの考えがあります。

 人は自由な意思によって犯罪をおかすのか?
 性格的に犯罪をおかしてしまうのか?

 カントをはじめとして自由意思を前提に刑法理論があったところ
 19世紀に都市化・工業化がすすむなか犯罪と再犯者が激増。

 自由意思を前提とする刑法理論では
 時代に対応できなくなりました。

 こうしてイタリアのチェザーレ・ロンブローゾという精神科医が
 犯罪は人は生まれつきのものだという問題提起をされたわけです。

 以来、犯罪とはなにか?刑罰とはなにか?
 について双方の立場で議論がなされるようになりました。

 このように刑法の教科書に書いてあります。
 いまの教科書は知りませんが、大塚先生のご著書には書いてありました。

 そこで、おなじロンブロソーという名字だけれども
 なにか関係がおありですかと、黒川先生に尋ねました。

 すると、チェザーレ先生は黒川先生の恩師の方の祖父
 パウロ先生の曾祖父のあたられるとのことでした。

 教科書に出てくる19世紀の大学者と黒川先生がご縁があると知り
 正直、びっくりしました。
 
 それで話がおおいに盛り上がったわけですが
 黒川先生のご寄稿はそのときのことを書かれたものです。

 ただし、それにとどまりません。
 先生はチェザーレ先生のお弟子のことにも言及されています。

 イタリア最初の女性医師マリア・モンテッソーリ(1870~
 1952)です。

 この方は心理学や教育学でも有名な方で
 私も存知あげていました。

 彼女はありがちなことながら、初の女性医師として不遇ななか
 人間の才能を伸ばすうえで環境の重要性を発見します。

 師弟のあいだで
 生来vs.環境という正反対の見解となったわけです。

 このような数奇な関係があることは知りませんでした。
 教えていただき、大変勉強になりました。

 断片的な島状の人間関係や知識がつぎつぎとつながっていくのは
 とてもスリリングで興奮します。

 少なくとも人間のDNAにそのような特徴が生来的に
 そなわっていることは間違いないようです。