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2024年4月15日月曜日

南東北の雪山(3)磐梯山

 





 つぎにめざしたのは雪の磐梯山。山形から新幹線で郡山へいき宿泊。天気はまたもやいまいち。朝から曇り空で、午後から崩れるとの予報。

 翌朝、JR盤越西線で西へむかう。猪苗代駅でおり、裏磐梯スキー場へ。途中、桧原湖を通過。ことしは暖冬の影響で氷っていない。いつもならワカサギ釣りの人々が楽しんでいるのに。

スキー場からはゲレンデ横を登る。もうすこし遅い時間であればリフトが利用できる。きょうは午後から崩れる予報なので、早立ちのため利用できない。

ゲレンデを2つほど登ると樹林帯に入る。しばらくいくと、爆裂火口のなかに入る。裏磐梯は磐梯山が噴火して吹っ飛んだあとだ。朝早いため、先行者はいない。昨夜の新雪を踏んでいく。

雪におおわれているはずの銅沼。鉱山成分を含むため、水が銅色。ことしはやはり暖冬の影響で湖面が露出している。踏み抜くのではないかとヒヤヒヤしながら進む。

磐梯山はいまもなお生きている。爆裂火口の斜面からは噴気を吹き出していた。

爆裂火口からまっすぐ頂上をめざすことはできない。左手(西側)に尾根があるので、そこを登る。

その奥には櫛形山、手前にはイエローフォールがある。冬場だけにみられる。硫黄の成分だろうか、黄色い氷瀑。これもことしはあまり成長していない。

尾根に取り付いて、急坂を登る。しばらくして爆裂火口の上部に達した。しばらく休憩していると、ガスが濃くなってきた。天気予報どおりだ。これ以上いくと道を見失う可能性もあるし、ガスガスでは景色も楽しめず写真も撮れないので撤退することにした。残念。

2024年4月9日火曜日

南東北の雪山(1)蔵王山





 2月、3月に恒例の東北雪山遠征をおこなった。季節はずれになったけれども報告しておこう。いずれもコンディションはよくなかった。

本当であれば天気予報と相談して日程を決めるべきである。が、早割などで航空券を買っているので変更がきかない。天気が悪ければ、山はあきらめて観光にきりかえるしかない。

2月は南東北4座(蔵王、月山、磐梯山、那須岳)をめざした。仙台まで飛行機。そこからはJR仙山線で山形まで。駅前のホテルに宿泊。朝、ホテルからは東北東の方角に蔵王の山並みが見えていた。

山形駅前からバスで蔵王温泉へ。そこからロープウェイを乗り継いで山頂駅へ。登山者は1割くらいか。スノーボーダーが6割、スキーヤー1割、観光客2割くらい。

駅舎をでるとガスガスである。樹氷、スノウモンスターもみられない。みな残念がっている。2月には見られる確率がたかいのだが、寒波襲来とタイミングがあわなければダメだ。

ひとのぼりで地蔵山。岩にはびっしりとエビのしっぽがついていた。そこからさらに熊野岳をめざす。やはりガスガスだ。先行する人影がかろうじて見える。

なんとか熊野岳山頂までたどりついた。晴れていれば馬の背から御釜を見学できるのだが、きょうはルートさえ見えない。ここでこれ以上の前進はあきらめて撤退することにした。

2024年1月8日月曜日

初詣は室の八島(大神神社)


 


 みなさま明けましておめでとうございます。
 本年もよろしくお願い申し上げます。

 ことしの初詣は栃木県のパワースポット大神神社(おおみわじんじゃ)。なんで大神神社に初詣をすることになったのか?

例によって、年末年始は雪山登山を計画していた。元日は長野県北部にある佐久平に宿泊し、2日は浅間山(あさまやま)に登る計画だった。

浅間山は標高2568メートルの日本百名山。活火山である。火山情報で安全を確認して登らなければならない。明日はなんとか登れそうだ。

佐久平は東横インホテルに宿泊。窓からは雪化粧した浅間山が美しく見えていた。よい山旅ができそうだと期待はふくらんだ。

ところが同日16時10分、能登半島地震が発生。ホテルは9階建てで、その4階に泊まっていた。ミシミシとホテルの躯体がしなる音が体感で1分ほども続いた。北信は震度5弱だったそう。震度5弱であの揺れ、震度7ともなれば強烈な揺れだったと思う。震源地近くの方々の被災と不安に思いを馳せた。

新幹線や在来線もとまってしまい、2日も影響が残ることが懸念された。帰りの飛行機の予約は2日19時15分発。そのため、浅間山登山は中止することにした。

 さて、1日空いた2日の予定をどうするか。交通機関の混乱をおそれて、長野をはなれ関東をめざしたほうがいい。あれこれ考えて、おくのほそ道の旅程のなかで未踏の室の八島を訪ねることにした。この室の八島こそ、栃木県のパワースポット、大神神社である。

室の八島は栃木県にある。江戸深川を出立した芭蕉が、草加(じっさいは春日部)宿の次、日光の前に記述しているのが室の八島。だいたいそのあたり。

ですがなかなかに行きにくい。佐久平から新幹線で高崎まで、そこから両毛線で栃木まで、新栃木で宇都宮線に乗り換えて野州大塚まで。最後は東武線。日光行きの全席指定の特急はたくさん通過するけれども普通電車は1時間に2本ほど。

 おくのほそ道によると室の八島はつぎのとおり。

 室の八島に詣す。同行曽良がいはく、「この神は木の花咲耶姫の神と申して、富士一体なり。室戸に入りて焼きたまふ、誓ひの御中に、火々出見の尊 生まれたまひしより、室の八島と申す。また煙をよみならはしはべるも、このいはれなり。はた、このしろといふ魚を禁ず」。縁起の旨、世に伝ふこともはべりし。(角川ソフィア文庫)

同行者曽良の紹介文でもある。曽良は有能な秘書であり、有能なツアーガイドでもあった。神社の縁起にも詳しかった。

コノハナサクヤヒメはアマテラスの孫であるニニギノミコトの妻。父の大山津見神は姉のイワナガヒメもいっしょに嫁がせようとしたが、ニニギは拒否。コノハナサクヤヒメは美をイワナガヒメは長命を約束していたが、ニニギが長命を拒否したため、その子孫は短命になったという。

富士山には富士浅間神社(センゲンジンジャ)が祀られているが、その神もコノハナサクヤヒメ。富士山と同一の神である。むかしは富士山も火山活動をしていたから、浅間神社の神がコノハナサクヤヒメであることは肯ける。そのいわれはこう。

ヒメは一夜にしてみごもった。ニニギはほんとうに俺の子かと疑った。疑いを晴らすため、神の子であれば火にも焼けじと誓って、ヒメは戸のない室に火を放ち、そのなかで出産した。ヒメもご気性が激しかったようで。無事、ホホデノミコトを産んだ。

火々出見の尊はホホデノミコト。文字どおり火のなかから出てきたから。神武天皇の祖父とされ、神話では山幸彦(ヤマサチ)として有名である。

芭蕉はそのゆえに室の八島と申すというが、これだけでは分からない。その昔にはこの地に八つの島があったからだという。いまは境内に池と小さな島がしつらえれている。

煙をよみならはしはべるというのは、たとえば、藤原実方のこの和歌。

 いかてかは思ひありとも知らすへき室の八島の煙ならては 

意中の人に恋の思いをどうやって知らせようか、室の八島の煙であればともかく。そうではないので。

このしろといふ魚を禁ずというのは、「この城」を焼くにつながるから。

これほどのパワースポットなれど、人々はみな日光へ向かったのか、境内はそれほど混雑もみられず。落ち着いて参拝をすることができた。このあと、航空機事故に遭遇することになるとは、この時点では思いもよらず・・・。

2023年3月29日水曜日

雪の八甲田・岩木・白神(3)

 


 八甲田大岳を下山して、酸ヶ湯の千人風呂につかる。疲れがとけていき、至福のとき。混浴で、女性もエプロンのような特性浴衣を着て入湯されている。

宿の送迎バスで青森駅へ。そこからJRで弘前へ。沿線には雪をかぶった田畑が広がり、白い大きな鳥の群れが餌をついばんでいた。白鳥だろうか。

https://www.marugotoaomori.jp/blog/2006/11/2274.html

弘前のホテルは受験生とおぼしき子どもたちと付き添いの母たちで混雑していた。どこを受験するのだろう。部屋の窓からは明日登る予定の岩木山がきれいな裾野をひろげていた。

弘前も岩木山も思い出深い。薬害肝炎の際、フィブリノゲン製剤を日本に導入した産科教授が弘前在住だった。そのため、被害者側の証人になっていただけないかと4,5度訪ねた。

雪の日もあったし、ちょうど桜の季節もあった。弘前城は全国でも1,2を争う桜の名所だ。リンゴ栽培の技術(接ぎ木)が桜にも転用されている。枝振りがみごとなのは、そのためだ。弘前大学からほどちかい。

「スーツを裏返して」ついでに岩木山に登れればよかったが、他の弁護士もいっしょだったので、そういうわけにもいかなかった。

岩木山は、日本百名山をめざした際、最後まで残った山である。2014年9月、リンゴがたわわに実るなか、岩木山に登り、百名山全山に登りきることができた。思い出の山である。

岩木山は弘前平野にそびえる独立峰。本州最北端の百名山である。日本海に面していて、2月までは季節風の影響を受け、雪と強風で登れない。雪山に登るとすれば3月だ。

岩木山のふもとには岩木山神社が鎮座している。岩木山は岩木山神社のご神体である。夏は岩木山神社の奥から登っていくのが普通だ。2014年もそうした。しかし雪山となると雪崩のおそれがある。東側にある神社からは登れないようだ。

このため、バスで南側の嶽温泉へ向かう。嶽温泉ときいてピンとくる人は記憶力がいい。温泉がぬるくなったとして、最近ニュースになった。なお、安達太良山のふもとにも嶽温泉がある。そちらは別なのでご注意を。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230216/k10013981611000.html

温泉街を右手に行き、登山道に入っていく。なだらかな道がつづき、徐々に高度をあげていく。スキーコースでもあるため、幅広の道で晴れていれば迷うことはない。

樹林帯を抜けると、岩木山の前山の鳥海山がそびえていた。岩手、秋田にまたがる日本百名山の鳥海山とは別ものだ。ご注意。それはともかく、行く手にそびえたつ鳥海山は雪化粧もシルエットも美しい(1枚目の写真)。

振り返ると、白神山地がこれまた白く輝いていた。明日登る予定の最高峰・白神岳がひときわ目をひく(2枚目の写真)。うひゃ~。もう幸せ。

2023年3月28日火曜日

雪の八甲田・岩木・白神(3)




 翌日の天気予報はA判定だったが、終日曇天だった。山では雨が降らず、風に強く吹かれなければ、上々なのだ。

酸ヶ湯温泉から先、東側を登っていく。ブナやダケカンバの樹林帯を抜けると谷にでる。地獄湯ノ沢だ。夏は噴気がでて、硫黄臭がする。それで地獄だ。

谷を詰めていくと、開ける。仙人岱だ。目の前には小岳、左手には大岳が大きくそびえる。夏は湿原だが、いまは雪原になっている。南側には南八甲田の山々が見える(1枚目の写真)。

雪原を大きくまわりこんで大岳に登る。左手の雪面に亀裂が入っている。雪崩の兆候だ。雪山だからどこを登ってもよい。そうはいっても、夏道は地形的にじつに合理的な道筋になっている。冬は雪で隠れているけれども、やはりそこをトレースするほうが無理なく登れるようだ。

ジグザグに登っていくとやがて広い台地状の地形となり、山頂に到達した。やった。先行していた男性と二人きりだ。あとからもう一人到着した。写真を撮りあう(2枚目の写真)。よかったですね。喜びをわかちあう。

帰りはもときた道を戻る。地獄湯ノ沢からは、岩木山が美しく輝いていた(3枚目の写真)。明日は岩木山に登る予定だ。よろしく。

2023年3月23日木曜日

雪の八甲田・岩木・白神(1)

 

 先週の連休は、雪の八甲田山・岩木山・白神岳をめざした。超早割で飛行機を予約しているので、天気予報が悪くても変更できない。直前の天気予報では1日目がA判定、それ以後はC判定だった。どうなることやら、ワクワクした。

まずは青森へ。直行便はないので、羽田乗り継ぎ。席はA18、左窓側である。羽田まで富士山は見えたが、春のせいかぼんやりとしていた。

羽田からもA18、やはり左窓側である。気づくと山形上空だろうか、朝日連峰とおぼしき山々が白銀に輝いていた。すると、あれは月山か。あれれ、鳥海山はどこじゃいな。

などと思っているうちに、独立峰の白銀がみえてきた。あれは岩木山に違いない。平野は津軽平野。明後日、登る予定の山だ。いや~登る前からテンション・マックス。さて冒険か、挑戦か、はたまた・・・。はじまりはじまり。

2023年3月13日月曜日

磐梯山、墨絵の世界

 




 翌日はやはり天気予報がA判定だった磐梯山へ。米沢から福島、郡山、猪苗代へ。猪苗代駅が近づくと、左手に猪苗代湖、右手に磐梯山がそびえている。美しい円錐形である。

磐梯山は独特のかたちをしている。南側と北側ではまったく違う形である。明治時代に水蒸気爆発し、北側が山体崩壊してしまったから。

いわば富士山の北側部分が崩壊してしまったようなかたちだ。おかげで、いまでは北側に湖沼が点在する美しい風景が広がる。

この日の登山口は裏磐梯スキー場。リフト2つを乗り継いでゲレンデトップへ。数組の登山者が先行している。

天気予報はA判定だったが、前日とうってかわって終日曇天。墨絵の世界だった。ま、雪や風がないだけで、よしとしよう。

シラビソの樹林帯をしばらく歩くと、銅沼にでる(1枚目の写真)。夏場は沼だが、いまは雪が覆っていて、水面上を歩ける。正面は磐梯山の北壁である。

※夏はこんなかんじ。
https://www.google.com/maps/@37.6198056,140.069132,3a,75y,278.23h,95.23t/data=!3m8!1e1!3m6!1sAF1QipP4Xf4rpgeYwL_rpU750HR74F6UksYeEUvjnmM7!2e10!3e11!6shttps:%2F%2Flh5.googleusercontent.com%2Fp%2FAF1QipP4Xf4rpgeYwL_rpU750HR74F6UksYeEUvjnmM7%3Dw203-h100-k-no-pi0.22409566-ya227.21283-ro32.728867-fo100!7i5376!8i2688

正面の斜面をよくみると噴煙がでている。火山性のガスである。磐梯山はいまも生きて活動しているのである。ここらあたりは爆裂火口の中心部でもある。

爆裂火口の斜面を登る。南に向いて9時の方向。ワカンをアイゼンに履き替えて急坂をはいあがる。もうダメだと思うころ、お鉢の稜線にでる。

振り返ると、裏磐梯方面の展望がひらける(2枚目の写真)。桧原湖が美しい。よくみると、氷の湖面に穴をあけてワカサギ釣を楽しんでいる人たちが見える。

稜線をしばらく行くと、前方に天狗峰(右手)と山頂(左手)がそびえている(3枚目の写真)。まだだいぶ距離がある。天狗峰は爆裂火口の一部である。

写真では山頂がみえているが、ときどきガスがかかる。あと2度の登りと最後の急登を登ると山頂だ。やはりガスガスだ。ときおり猪苗代湖の一部が姿をあらわす。

帰りは櫛が峰をみながら急坂をおりていく(4名目の写真)。きょうも無事に登れた。そして無事に帰還することができた。それを許してくれたすべてのことに感謝・感謝。

2023年3月12日日曜日

スノウモンスターに会いに

 



 報告がおそくなったけれども、スノウモンスターにあってきた。

スノウモンスターといえば蔵王が有名。だけど、蔵王はこの日、天気予報が悪かった。そこで、天気予報がよかった西吾妻山に登った。

知らない人が多いだろう。やはり日本百名山。福島から米沢にまたがり、福島側は東吾妻、米沢側は西吾妻。西吾妻はさみだれを集めてはやい最上川の源流である。

宿泊していた山形駅前のホテルからJR在来線で米沢をめざす。小一時間。駅前からバス。

米沢といえば、NHK大河「天地人」で妻夫木聡演ずる直江兼続が主君・上杉景勝とともに転封された地だ。バスは途中、上杉神社のまえを通る。

やはり小一時間ほどで天元台のスキー場に着いた。そこからはロープウェイだが、スノウボーダーたちが長蛇の列。やはり小一時間ほど待たされた。ロープウエイからはカモシカが見えた。

ロープウエイをおりると、そこはもうゲレンデ。スキーヤーやスノウボーダーたちが歓喜している。そのなかをザックをかつぎ、リフト3つを乗り継いでゲレンデトップへ。

数組の登山者がスノウシューをはいて足もとを整えている。ぼくはワカンというカンジキのようなもの。スノウシューをはいている人が7割くらいだったか。つぼ足(登山靴だけ)の人も何人かいた。

降雪直後はともかく、しばらく雪が降っていなかったらしい。トレースはしっかりしていた。

そこからひと登りで、中大巓(なかだいてん)の肩にでる(1枚目の写真)。スノウモンスターの絶景がひらける。右手は米沢盆地だ。

南側の西吾妻山頂をめざす。といっても急な斜面や雪壁はない。なだらかな丸山を2つほど登れば山頂だ(2枚目の写真)。スノウモンスターたちの間をぬうように登っていく(3枚目の写真)。

晴れていたので爽快な雪山が堪能できた。

2023年1月19日木曜日

白銀の八ヶ岳縦走(3)

 


 白銀の八ヶ岳縦走、2泊目(2022年12月31日)は赤岳の稜線上にある赤岳展望荘に泊まった。年越しをするのに「展望荘」という名前が気にいっている。おしるこや年越しそばがふるまわれ、恒例のじゃんけん大会で盛り上がる。

翌元旦は赤岳山頂ではなく、小屋前で初日の出を待つことになった。昨日、阿弥陀岳に登ったため、他のみなさんより到着が遅れた。そのため朝食が2巡目の6時からの回になってしまったからである。登っていたのでは、朝食に間に合わない。しかたがない。朝食にはおせち料理がでた。

この日、風速が10メートル前後と強かった(上の写真、右赤岳の斜面に雪煙が舞っている)。外気はマイナス13度。体感温度はマイナス23度となる。

湿度のある小屋内から外にでると、メガネやカメラのレンズが曇ってしまう。こんかいは用心してゴーグルを買い替えたので、メガネはだいじょうぶだった。

強風のなか、小屋陰で風をしのぎつつ、ご来光をまつ。赤岳の稜線のむこうに富士山が見えている。美しい。10分ほどの間に、寒色から暖色へ色を変えていく。

正面は奥秩父の山並み、高いところは百名山の金峰山だろう。その右肩が輝きだし、初日の出があらわれでた。

小屋前で待機していた20人ほどの人のあいだから、どっと歓声があがる。ばんざいする人もいる。「明けました。おめでとうございます。」声をかけあう。

雪山は危ない。でもこの美しさ、荘厳さ、感動はなににも代えがたい。来年も登りたい。心配してくださるかたがた、心配をおかけしてすみません。

小屋の北側にまわると、阿弥陀岳がきのうとは違う絶景をみせている。頂部だけに朝日があたっている。下部はいまだシルエットのままだ。

阿弥陀岳の左手には御嶽山、さらに左に中央アルプスの山々。右手には北アルプスの山々。穂高、大キレット、槍・・・。

その手前に輝く湖面は諏訪湖だ。その手前に行者小屋が見えている。空はビーナスベルトのピンク色だ(ちかくにビーナスラインがある)。ビーナスさま、また来年もよろしく。

2023年1月18日水曜日

白銀の八ヶ岳縦走(2)

 
(阿弥陀岳、手前が中岳)


(阿弥陀岳山頂から赤岳)

(赤岳山頂から甲府盆地ごしに富士山)


(赤岳から横岳・硫黄岳・天狗岳・北八、蓼科山をのぞむ)

 3年ぶり行動制限のない年末年始、白銀の八ヶ岳縦走の2日目は赤岳鉱泉を出発。12本歯アイゼンとピッケルで雪山完全装備だ。体動がロボット化する。

中山に登ってくだって、30分ほどで行者小屋に到着する。行者小屋は土日開業している。テント泊した人たちも出発の準備をしている。

行者小屋からは地蔵尾根コースと文三郎道にわかれる。こんかいは後者を登る。夏場は階段やクサリ場となっているところが雪をかぶり、雪の斜面となっている。ところどころ階段やクサリが露出している。

そろそろ限界と思うころ文三郎分岐に着く。左に登れば赤岳、右に下れば阿弥陀岳だ。阿弥陀岳、その手前の中岳の姿が美しい。ことしは右へくだる。ぐっと下って、中岳へ登りかえす。

中岳を越えると阿弥陀岳の登りだ。急な登りで息が切れる。前回来たとき、この坂を女性が滑落したのをみたという登山者がいた。その記憶がよぎりドキドキする。

ようやく山頂だ。よい天気だ。絶景だ。山頂は青年と女性と3人だけ。青年と健闘をたたえあい、たがいに写真を撮りあう。かれは同じルートできて、今日帰るらしい。

しばらく休み、もときたルートを登り、文三郎分岐から赤岳に登る。急な岩稜で、右側が切れ落ちている。アイゼンとピッケルをきかせていけば、それほどの危険は感じない。

岩場をはいあがると、赤岳山頂だ。反対側きたグループなど10人くらいで混雑している。外人さんもいる。かれに写真を撮ってもらった。山頂からは甲府盆地こしに富士山が見えた。どこから見ても美しい。心が躍る。

しばらく絶景を堪能したのち北へむかっておりる。北側にはきょう泊まる予定の赤岳展望荘が見えている。その先が地蔵の頭。

そこを登ると横岳である。横岳から先、きのう登った硫黄岳も見える。その北はみどり池から見えた天狗岳だ。双耳峰である。

その先には北八ヶ岳、蓼科山まで八ヶ岳の全貌を望むことができた。

2023年1月17日火曜日

白銀の八ヶ岳縦走(1)

 
(夏沢峠、霧氷、向こうは硫黄岳爆裂火口)

(硫黄岳北斜面、右下が夏沢峠、正面は根石岳)
           
(雪雲を吐き出す赤岳)

(赤石の頭から硫黄岳)

 年末年始は3年ぶりに行動制限がないということで、白銀の八ヶ岳に登り縦走した。

八ヶ岳は日本アルプスではないけれども、最高峰の赤岳は標高2899メートルで、ほぼ3000メートル峰だ。北は長野県から、南は山梨県まで南北に長く連なっている。こんかいは南部、硫黄岳、阿弥陀岳、赤岳、横岳を縦走する計画を立てた。

八ヶ岳のよいところは、この時期、晴れる確率が高いことだ。天気予報を見ていると、日本海から北西の季節風が吹き付けている。北陸や北日本はほぼ雪マークだ。

しかし、北西の季節風は北アルプスを越える際に大量に雪を落とし、八ヶ岳では晴れていることが多い。ことしの年末年始も晴マークが並んでいた。

そのこともあり、八ヶ岳には冬期も開業している山小屋が多い。年末年始はさらに開業している小屋が増える。登山者も多く、トレース(踏み跡)もしっかりついている。雪山初心者からステップアップをめざす人までお奨めの山域なのである。

こんかいは初めて、八ヶ岳の東側にある稲子温泉から入山することにした。羽田空港から新宿へ。新宿から特急かいじに乗って甲府へ。

特急かいじは、全席指定。富士山方面へ向かう観光客(大月までおなじ列車)であふれ、指定がとれず、デッキで立っていた。

途中、南側に白銀の富士山が広大な裾野をひろげてそびえていた。八王子あたりから見えなくなったものの、甲府手前からまた山頂部を拝むことができた。

いちど富士が見えるところで住んでみたいものだ。さぞやおごそかで清々しい気分で過ごせるのではなかろうか。

甲府をすぎると、列車進行方向の左手に南アルプスの山々が白く輝いてみえる。北岳や荒川の山々だろうか。その右は鳳凰山だ。さらに右手には甲斐駒ヶ岳。さらに右は目指す八ヶ岳。なんという贅沢な景色。山梨に住むのもいいなぁ。

甲府から普通電車で小淵沢駅へ。そこでJR最高点を走る小海線(八ヶ岳高原線)に乗り換え松原湖駅まで。

・・と書くと簡単なようだが、実際は重い荷物をかかえて、年末年始に移動する人並みにもまれた。キップひとつを買うにも長蛇の列に並び、発車まぎわの列車に飛び乗るようにして、ようやくたどりついた。

そこからバスはなくタクシーで稲子温泉へ。あたり一面雪景色。そこで一泊。ひなびた山宿で廊下などでストーブが焚かれている。それでも寒い。

翌日、シラビソの樹林帯のなか2時間の登りでみどり池・しらびそ小屋。みどり池は、苔や藻で緑なのだが、この時期は全面氷結している。白き・みどり池である。しらびそ小屋は薪ストーブが燃え、リスや野鳥が観察できるのであるが、今回はスルー。池越しに、ガスにけぶる天狗岳がおごそかに鎮座している。こちらも今回は登らない。

そこから1時間で本沢温泉。本沢温泉は日本最高所にある野天で有名。男性入浴の時間だったが、先をいそぐ旅だったので入浴は断念。

途中、登山道の右手下100メートルに湯船が見えた。男性2人が入浴中だった。これって女性入浴時間だったら、女性が入浴しているのかしら。などと考えつつ、霧氷で美しく変身したシラビソ樹林帯を登る。

1時間ほどで夏沢峠。ようやく八ヶ岳の稜線にでた。ヒュッテ夏沢と山びこ小屋がある。どちらも休業中のようだ。西にすこし下るとオーレン小屋がある。

夏沢峠で数グループの登山者と行き交う。若い登山者と情報交換して、12本歯アイゼンに履き替える。いよいよ硫黄岳の本格的な登りだ。

樹林帯越しに、硫黄岳の爆裂火口が見え隠れする。樹林帯は霧氷に覆われ美しい。しかし、氷結した爆裂火口はすごい迫力だ。ひるがえると根石岳の樹林帯が美しい。

森林限界から先、吹きっさらしとなり、北西の季節風に急速に体温を奪われる。降り積もった雪も風でとばされ、登山道はザクザクしている。アイゼンでは歩きにくい。

上部はガスっている。道を見失わないか心配だ。しかしケルンがあるはずだし、大丈夫だろうと思って登る。3パーティほどと行き交う。小学生と思われる子どもを連れたパーティもいた。足下がおぼつかない子どもを励ましながら下っていく。

1時間ほどで頂上にでた。なんとそれまでのガスが晴れていった。横岳、赤岳、阿弥陀岳が美しく連なっている。赤岳が雪雲を吐き出している。なんという美しさ。

風景を堪能したのちは赤岩の頭へくだる。振り返ると、硫黄岳が長大な登り稜線が美しい。ガスが覆っては晴れたりを繰り返していた。外人女性とガイドさんのパーティが登っていく。

赤岩の頭から樹林帯に入り、ほっとする。1時間余で本日の宿泊地・赤岳鉱泉。まわりにはテントが張られ、アイスクライミングを楽しんだ人々でにぎやかだ。

2022年12月19日月曜日

雪の宝満山(2)

 





 宝満山に登るといえば、ほとんどのかたは登山口の竈門神社と山頂を往復されるだけ。しかしこれはもったいない。宝満山の魅力はそこから先にあるのだから。

きのも書いたが、竈門神社から山頂まではほぼ常緑樹かスギ・ヒノキの林である。雪がついても、重苦しい感がある。

しかし山頂をすぎると、ブナなど落葉樹やクリスマスツリーであるモミの樹があらわれる。

1枚目の写真はブナの巨木。200年以上は経っているだろう。ブナはクネクネとしているが、折れにくく豪雪に強い。秋田白神山でブナの森がひろがっているのはそのせいである。ただし、建築材には向いていないため、伐採が進んでしまった。

2枚目は雪化粧をした稜線の道。いまにもウサギかなにかの小動物があらわれ、物語がはじまりそうだ。

3枚目は霧氷。これも落葉樹ならでは。葉がなく枝だけなので、霧氷が発達しやすい。福岡市街をバックにそこだけ日が射し輝いた。

4枚目は宝満山の山頂から仏頂山方面をのぞんだもの。おまんじゅうのような白いシルエットが美しい。

5枚目は・・・。

2022年12月18日日曜日

雪の宝満山~雪山事始め~

 



 昨日は雪の宝満山に登った。今季初の雪山。いつもと違う、美しい世界を堪能することができた。

ほぼ終日曇りで、ときどき雪が降りしきった。山頂付近では晴れ間、青空もあった。青空と霧氷という青と白のコントラストが美しい。

竈門神社裏からの登りは基本的に常緑樹やスギ・ヒノキの林である。暗い。

山頂から先はブナ林が点在している。いまは葉を落とし、樹氷をまとっている。枝振りとあいまって、美しい。

こんな日に登っている人いるの?

います。この日、出会った人だけでも50人はくだらない。女性が40%というところか。雪に興奮しているおじさん、おばさんがいっぱいだ。みな雪山が好きなんだな。

2022年3月2日水曜日

白銀の安達太良山

 




 東北遠征の最終日は、安達太良山。やはり日本百名山である。

ひとくちに雪山といっても、厳冬期なのか残雪期なのか、日本海側か太平洋側かなど条件により、難しさはさまざまである。

2月は厳冬期なので、一般には天候が安定せず、むずかしい。東北遠征はいちおう4峰を計画しているものの、まあ2峰に登れれば御の字と考えていた。蔵王、西吾妻、磐梯と3日連続で登り、疲れもたまってきていた。

天気は、前々日まではC判定であった。ところが、前日夕方になってA判定に急変した。これはもう呼ばれているにちがいない。

山は高村光太郎の『智恵子抄』で有名である。駅前には智恵子の像がたち、青空を指さしている。途中、「この上の空がほんとの空です」と書かれた道標もある。夏場には女性に人気の山である。

智恵子のお告げのおかげか、快晴になった。青が濃く、安達太良ブルーである。山頂付近は西風の厳しさをうかがわせるエビのしっぽだらけだった。道標もエビのしっぽに襲来されて、判読できない。

安達太良山は別名、乳首山という。由来は、山頂部の形状にある。最後の写真を参照してほしい。解説は省略。東北には乳頭温泉もある。よほど好きなのだろう。