2013年6月11日火曜日

ユキノシタ



九重の麓,うたせ湯で有名な筋湯温泉街
薬師堂の階段に咲いていました。

いまどきに咲くのに
ユキノシタ(雪の下)。

名前は,雪が上につもっても
その下に緑の葉があることからだとか。

かわいい花です。
神さまも自慢の一品ではないでしょうか。

仲間の高山植物に
ダイモンジソウ(大文字草)があります。

見てのとおり
「大」の文字にみたてた名前です。

花言葉は,切実な愛情,恋心
と軽口。

そんな感じですね。



2013年6月10日月曜日

ボダイジュ





ボダイジュ。
太宰府・戒壇院に咲いています。

この木の下で
お釈迦さんは悟りをひらいたとか。

実際には,インド,中国,西洋など
種類があるらしい。

もちろんお釈迦さんが悟りをひらいたのは
インド種のものということになります。


戒壇院の説明によると
鑑真がもたらしたものだとか。

別の資料によると,ボダイジュを
日本にもたらしたのは栄西だとか。

戒壇院が鑑真説を支持したい気持ちはわかりますが
どうなんでしょう?


シューベルトの歌曲集「冬の旅」に
あるのは,西洋ボダイジュ。

  市門の前の 泉の側そこに
  一本の菩提樹が立っている。

   僕はその木陰で見たものだった
  とてもたくさんの甘い夢を。

  (中略)

  いま 僕は何時間も
  あの場所から離れたはず。

  けれど僕にはずっと ざわめきが聞こえたままだ
  「あなたはここで安らぎを得られたのに!」

失恋した若者が安らぎが得られたはずの
菩提樹の木蔭のある町を捨てて出ていく。

悲しい記憶とともに,故郷を離れる
後悔,迷いが強く表現されています。

おなじボダイジュなのに
東洋と西洋でえらい違いです。


いまオルブレヒトつながりでブルガーコフの
『巨匠とマルガリータ』を読んでいるのですが

そのオープニングの場所は
菩提樹の木蔭になっています。

作家2人に正体不明の男が語りかけ
なにやら不穏な空気がただよっています。

西洋のボダイジュは
悟りとは対照的な感情を喚起するものなのでしょうか?


古くから人類と関わりがあり,とくにゲルマン民族にとっては
自由の象徴として神聖視されてきたらしい。

シューベルトも,ブルガーコフも
このような意味をもたしているのでしょうか?


花言葉は
結婚,情熱の恋。

これまた自由とは対極にあるようで
よく分かりません。

2013年6月9日日曜日

『タイガーズ・ワイフ』



本を読んでいて
信じられない話がでてくると微妙。

なんか子どもだましに
あっているような気にさせられるから。

村上春樹の小説が好きになれない人は
その辺につまずいているのではないでしょうか。

科学的な事実に基づいて書くことだけが
小説ではないという立場に立てるかどうかですね。

なぜ小説を読むのか?
という点にかかわってきます。

魂を揺さぶられるためだ,とするならば
必ずしも科学的な事実に基づく必要はありません。


テア・オルブレヒトの『タイガーズ・ワイフ』
(新潮クレスト・ブック)を読みました。

「2013年本屋大賞」の
「翻訳小説部門」第1位。

著者テア・オブレヒトは,ベオグラード生まれの
セルビア系の女性作家。

よくぞ
選んでくれました。


はっきりとは書かれていませんが
舞台は,紛争・分裂前後のユーゴスラビア。

旧ユーゴは,民族,宗教,政治体制等が
モザイクのように入り交じっていた。

セルビアの首都ベオグラードは戦略的拠点として
古代から現代まで140回も戦いの場となったという。

物語中でもくり返し
紛争の舞台になっている。

人々の心も戦争で
キズだらけになっている。


また旧ユーゴは東隣が
ルーマニアである。

あのドラキュラで
有名なお国柄。

ふるくからの迷信や幻想のたぐいが
色濃く残っている。


旧ユーゴは文明の十字路であり
現実と幻想の十字路でもある。


そのような場所で,主人公の女医が
祖父の個人史をたどる。

それがそのままユーゴの現代史や
迷信・幻想の世界をたどることにもなる。


祖父の人生は
主に二つの物語で構成されている。

「不死身の男」と
「トラの嫁」の物語。

前者は祖父が大人→子どもに戻り
後者は子ども→大人になる物語。


読みながら,なんどもガルシア・マルケスの
『百年の孤独』に似ているなぁと思いました。

解説を読むと,案の定,オルブレヒトが
最も好きな作家のひとりはガルシア・マルケスだそう。


さて,ちょっと信じられない話がいっぱいでてきますが
いちばんは,オルブレヒトが1980年生まれだということ。

すごい。
天才ですね。

2013年6月5日水曜日

詐欺と悪徳商法(1)






きのうは月1度の事務所会議でした。
毎月の出来事や方針を話しあいます。

その席に,お客さまがこられました。
ブログの話題等について話してもらいました。


弁護士によるネットでの情報発信について
「読者の役に立った話題」を教えてもらいました。

ネットユーザーの関心を反映してか
ランキングの1位から50位まで男女関係の話題がずらり。

本ブログのモットーは明るく楽しくなのですが
読者の知りたいことも伝えなくてはなりませんね。

ランキングの話題を参考に
ときどき,解説していきたいと思います。


さっそくきょうは
「詐欺と悪徳商法」に関する話題から。

えっ,サドの悪徳の栄え?
ちがいます。

悪徳というと背徳が原義でしょうが
商道徳に反するという意味でしょうね。

悪徳商法とは,悪質な者が不当な利益を得るような
社会通念上問題がある商売方法とされています。


他方,詐欺は,他人をだまして
金品を奪ったり損害を与えたりすることです。

詐欺となれば犯罪で,刑法で処罰されますし
民法上も契約を取り消すことができます。

しかし実際問題,詐欺かどうかは
外側から判断がむずかしい。

ラーメン屋台での無銭飲食を例にとりましょう。
(悪用はしないでください。)

屋台に入る前,財布が空であることを知っているばあい
この無銭飲食は詐欺になります。

でも,ラーメンを注文した後,財布が空であることに気づいたら
詐欺にはなりません。

仮に,実際は前者であったとしても
それを法廷で立証することは困難です。


悪徳商法はたんてきに詐欺商法
といったほうがわかりやすいでしょう。

でも,詐欺というと上のような理由で
範囲がせばまってしまいます。

詐欺にはならないかもしれないが
かぎりなく詐欺的な商売もあるでしょう。

古典的な詐欺にはあたらないとしても
消費者を保護すべき場合があります。

このような理由で,詐欺商法と呼ばず
悪徳商法と呼んでいるんでしょうね。


さて,そうするとどこまでが
悪徳商法なのか線引きがむずかしい。

①「悪質な」者が②「不当な」利益を得るような
③「社会通念上問題がある」商売方法?

悪質かどうか,不当かどうか,社会通念上
問題があるかどうか?価値判断が3つも必要です。

なかなか難しい判断です。
どう考えたらよいのでしょう?

(続く)

2013年6月4日火曜日

トケイソウ





フェイスブックで話題になっていたので
トケイソウ(時計草)。

これまた通勤途上にあるお庭に
咲いていた花を写させてもらいました。

なんかプラスチックの
つくりもののようですね。


名前の由来は
まさしく見てのとおり。

いま10時10分30秒
でしょうか。


別名
パッションフラワー。

あーね,たしかに
情熱的な花ですね…。

って,ちがいます。
ここでパッションは「キリストの受難」の意味。

バッハの「マタイ受難曲」の原題が
Matthäus-Passionであるのと同じです。

その由来は
2とおりあるよう。

花の子房柱が十字架、3つの雌しべが釘、副冠が茨の冠
花弁と萼が10人の使途、巻きひげがムチ、葉が槍だとか。

あるいは,雌しべの柱頭がはりつけにされたキリスト
放射状にひろがる部分が後光なのだとか。


そうかそうか
パッションフルーツとはちがうわけね。

って,これもちがいます。
パッションフルーツはやはりトケイソウ科の果物のよう。


パッションフラワーはハーブとして
鎮痛・精神安定などの効能があるらしい。


花言葉は
信心,聖なる愛。

2013年6月3日月曜日

『オブリビオン(Oblivion)』





(スイカズラ,忍冬
 花言葉は愛のきずな)

王様のブランチの薦めでトム・クルーズ主演
『オブリビオン(Oblivion)』みました。


西暦2077年。
60年前に起きた宇宙人との戦争により地球は荒廃。

地球に残ったジャック(トム・クルーズ)とヴィクトリアは
地上をパトロールする平凡な日々を送っていた。

ジャックはある日,墜落した宇宙船から
謎の女性ジュリアを助け出す…。

そこから物語がものすごいドライブで発展していき
意外な方向へ。というあらすじ。


『オブリビオン(Oblivion)』という邦題
ピンとくる人はどのくらいいるのでしょう?

忘却の意味です。
これを知っててみるかどうか,大違い。


ま,いろいろツッコミどころはありましたが
おもしろかったです。

オブリビオン(Oblivion)を乗りこえる力は
やはりコレ。

2013年6月2日日曜日

梅雨の晴れ間






通勤途中のきょうの空
梅雨の晴れ間です。


先日,後輩と話をしていたら
「梅雨は降らなければいいのに」と。

たしかに,梅雨はうっとおしい
それは間違いない。

でも,やはり降るときには
降らないといけないとボクらは思います。

1978(昭和53)年に福岡大渇水を
経験していますから。

大学1年生のときで
六本松のキャンパスなどで苦労しました。

などと話すと,後輩たちは知らないらしい。
確かに35年も前の出来事です。

思えばいま40歳より年下の人たちにとっては
経験していないか覚えていないかなんですね。

35年といえば,1978(昭和53)年に
第2次世界大戦中の話を聞くのとおなじ。


導水事業など渇水対策もおこなわれてはいます。
でも福岡市の人口も1.5倍に膨れあがっています。

やはり多少うっとおしくても
梅雨には雨が降ってほしいです。


そうはいっても梅雨の晴れ間は
やはりほっとしますね。