2023年11月20日月曜日

わが法律事務所の研修旅行@宮島・広島平和記念公園(2)

 




 翌日。宮島から平和記念公園まで直行便がでていたので、それで海と川を渡る。所要時間45分。原爆ドームのすぐ南に着岸する。広島は4回目だが20年ぶりだ。

原爆ドームはいうまでもなく、人類史上はじめて使用された核兵器の惨禍を伝える遺構。世界遺産。欧米系外国人が多く見学していた。

つづいて平和記念資料館。ところが行ってみると、長蛇の列。ここも欧米人が多い。入館まで小一時間かかるという。われわれは帰りの新幹線の時間的制約もあり、こんかいは断念。

やむなく原爆の子の像をへて、おりづるタワーへ向かう。原爆ドームの東100メートルほど。

最上階にのぼると、眼下に平和記念公園が一望できた。被爆で全身火傷の人々が飛び込んだという旧太田川の流れも見える。いまはひたすら静かに流れていた。

折り鶴を折って、願い事を書くのであるが、もちろん願いは「世界平和」。

2023年11月19日日曜日

事務所研修旅行@宮島・広島平和記念公園(1)

 





 事務所の研修旅行1泊2日へ行ってきた。行き先は宮島・広島平和公園。

初日は宮島。秋の安芸の宮島。日本三景の一つ。廿日市側・宮島口から頻繁に船が渡している。

乗船まえに腹ごしらえ。店はあなごめしうえの。店前は長蛇の列、予約していてよかった。炭火で焼いた香ばしい穴子のコースに舌鼓。柳川のうなぎと似て非なるところがおもしろい。昼から満腹。ぜいたく。

厳島神社が世界遺産に登録されている。本殿、拝殿、回廊などが国宝。海上に立つ朱塗りの大鳥居は日本三大鳥居の一つ。

祭神は宗像三女神である。宗像大社とおなじ神、というか宗像大社からやってきたらしい。福岡とご縁がある。三女神はアマテラスとスサノオの娘たち。海の交通安全の神様。

平清盛が安芸守となったことから隆盛した。日宋貿易船を大和田泊(兵庫港)まで導き入れる拠点でもあったという。ことし六甲山全山縦走を行った際、山上から遠望したのが大和田泊のあたりだったので感慨深い。

船の側面をみると伊都岐号というのがある。福岡県人からすると糸島?と思ってしまう。が、厳島はふるく伊都岐島と表記されたことによるようだ。

上陸すると、鹿がよってくる。子どもがおずおずとなでている。

宿である錦水館に荷物を置いて、表参道商店街へ。そしてやまだ屋で、もみじ饅頭づくり体験に興じる。単純作業だができばえに差が出てしまう。なにごとも奥がふかい。

饅頭づくり体験のあとは観光。ガイドさんは島一番らしい(自分で名乗ったのではない。通りすがりの他のガイドさんがそう紹介していた。)。ぼくがダジャレをいうとダジャレで返してきたから、そうとうの腕前と拝察した。

まずは旅の安全を感謝して道祖神社(幸神社)参拝。坂を登ると、五重塔がみえる。五重塔にまっすぐは向かわず、交流館へ。大杓子を見学。

そこから五重塔へ戻る。豊国神社(千畳閣)参拝。秀吉の死により未完。ここに入口ができるはずだったという空間が秀吉の夢の挫折を際立たせている。

厳島神社は5回目くらいだが、ガイドさんつきでは初めて。先達はあらまほしきものなり。NHKの2時間でめぐる厳島神社で予習していたものの、いろいろと知らないことを教えていただいた。ガイドさん、ありがとう。

2023年11月15日水曜日

宮古から東京へ

 

 那覇空港で搭乗しようとするとき、かならず思い出す光景がある。

時は22年前、2001年5月。11日に、ハンセン病訴訟に関し、第一審・熊本地裁で勝訴判決がなされていた。

判決後われわれはまず上京し、国会、厚生労働省や法務省、そして支援者らに対し、判決内容を報告するとともに全面解決への支援や行動を要請した。

つぎにわれわれがしたことは全国の療養所をまわって、原告らに対し判決内容の報告と今後の方針を説明してまわることだ。

情勢は混沌としていた。被害者らは高齢化し、隔離の歴史も長期化していた。隔離を受けた被害者は当然裁判に参加するものと思われがちだが、対応は割れていた。

下手に裁判に参加して療養所を追い出されることになれば、高齢化した被害者たちは行き場を失うことになる。それを心配する人たちが裁判に反対し、どちらかといえば原告らは孤立していた。

われわれは勝訴判決をひっさげ、全国各地の療養所に戦勝報告をするとともに、いまだ裁判に加わっていない人たちに参加を呼びかける必要があったのだ。

弁護団内で手分けした結果、八尋弁護士とともに沖縄愛楽園と宮古南静園を担当した。その日は沖縄愛楽園での説明会を終え、宮古南静園での説明会を行うため、那覇空港から宮古空港に向かう途中であった。

『失われた時を求めて』の冒頭ではないが、前後の詳細な事情は忘れてしまった。鮮明に覚えているのは次の場面だ。

宮古行きの飛行機にいままさにチェックインしようとしていた。すると携帯に電話がかかってきた。内容は小泉内閣の法相、たしか森山真弓さんだったと思うが、原告団との面談に応じると言っているという。

急遽、八尋弁護士とその場で協議して、八尋弁護士はそのまま宮古での説明会へ、当職は東京へ転針して法相との面談にのぞむことになった。

弁護士人生のなかで、いくつかある驚きの瞬間の一つである。どんなに時間が経っても忘れることはない。

2023年11月14日火曜日

抵当権実行停止仮処分の審尋@那覇地裁

 


 
 沖縄出張に行ってきた。空港からモノレールに乗り、県庁前で下車。そこからは10分ほどの歩きで那覇地方裁判所。

暑い。福岡をでるときはコートが必要なくらい寒かった。こちらはカッターシャツ一枚で十分だ。那覇地裁では12月までクールビズだそう。

顧問先の財産に対し抵当権に基づく競売の申立がなされた。これを凍結するために競売実行停止の仮処分を申し立てた。きょうはその審尋。審尋というのは簡易な証拠調べ手続である。当方は社長と当職、相手方は弁護士が電話による参加だった。

事前に書面は提出しているので、相手方が提出した答弁書にそって争点の確認、その争点にそって双方の意見交換。議論が尽きたところで、この日の手続は終了。

あとは観光をさせていただくと断って、裁判所のまえで解散。国際通りから、やちむん(やきもの)通りへいつものルートで散策。

平日なので、修学旅行生が目立つ程度。もちろん、台湾からと思われるインバウンド集団や米軍家族関係者もみかけた。

やちむん通りの奥には、某人気女優さんと同じ名前の店が並んでいる。たまたま入った店のおかみさんに訊くと、みな兄弟で窯の伝統を守っているらしい。さいきんはどうですかと問うと、お客が戻ってきているという。それはなにより。

2023年11月12日日曜日

男池湧水群~くじゅう黒岳原生林散策

 



 ことしも男池湧水群からくじゅう黒岳原生林を歩いた。福岡県中小企業家同友会のメンバーを中心に6人の参加。

残念ながら肌寒く、あいにくの天気。途中は雨もパラついた。さらに残念ながら、夏の暑さのせいか、季節をのがしたのか紅葉にもあえず・・。

それでもさすがに阿蘇野川のせせらぎ、男池湧水群の透明度と圧倒の湧水量、黒岳原生林の神秘の自然の美しさにはやはり心をあらわれた。

メスを求めるオス鹿の哀切な鳴き声、カツカツカツというキツツキが樹をうがつ音、ホオやウチワカエデの落ち葉にも癒された。

2023年11月9日木曜日

福岡公証役場訪問記

 

 福岡公証役場を訪問してきた。養育費請求権について公正証書を作成するためである。夫側の依頼であるので、正確には、作成させられるためである。

離婚に伴い、夫婦どちらかを親権者と定める。親権者とならなかった他方は、相手方に対し養育費の支払いを約束することになる。

未成年の子が成年に達するまでであるから10年以上の期間におよぶことが多い。本来的には、約束が守られなかった時点で、調停か裁判を行って、調停調書や審判・判決などの債務名義を得ることなる。

債務名義というのは、それに基づいて強制執行できる文書のことである。調停や裁判には時間と手間とお金がかかる。これをバイパスするための制度が公正証書を作成する方法である。

公正証書は遺言が知られているが、もちろん養育費請求権についても作成することができる。末尾に強制執行を認諾する文言をつけくわえれば、調停・裁判を経ずして強制執行をすることができる。

強制執行というのは、任意の支払いがないときに、相手方の給料や預貯金を差し押さえることができる制度である。むやみに認めると差し押さえられたほうの被害が大きいのであるが、養育費について認諾文言があるのであればやむをえない。

公証役場はおおむね法務局ごとに存在する。わが事務所の近くには筑紫公証役場が存在する。いつもはそこのお世話になっているのであるが、今回は相手側の弁護士の最寄りの役場を利用することになった。

その際、必要書類がいろいろある。そして通例、IDを証するものが必要である。ところが、今回は不要であるという。なぜかと問うと、公証人が知り合いだからだという。なんと司法研修所で同期の元裁判官であった。

地下鉄赤坂駅で降り、長浜方面へ向かう。右側に大きなテニスコートがある。むかし検察庁があったところだ。そこを左折すると、間もなく福岡公証役場だ。はじめてきた。

表札をみると、6人も公証人がいらっしゃる。そのうち半分は知っているお名前だ。中に入ると、送達、確定日付、認証、公正証書などに窓口が分かれている。筑紫公証役場のばあい、公証人は1人なので、窓口もシンプルである。いかにも役場という感じである。

しばらくして相手の弁護士もいらっしゃったので、中の部屋に入った。途中で、もう一人の知り合いの公証人の顔が見えたので、挨拶することができた。

そして公正証書を作成した。お隣の先生の声も大きく喧噪のため、朗読の声も聞き取りつらい。

公証人はさすがに司法研修時代と同じというわけにはいかないが、いまも毎日水泳に通ったいるとかで若々しい。つかの間の同窓会であった。

2023年11月7日火曜日

朋有り、遠方より来る

 


 ワンゲルOB会からOBつながりな話題2つ。きのうはゆかりのある人たちが訪ねてきてくれた。

 まず前半戦。太宰府ロータリークラブにスウェーデンからカリンさんと母上が訪ねてきてくれた。2001-2002年の交換留学生。筑陽学園で学び、母国へ帰ってからはテレビ局で働き、いまは放送作家をされているという。

20年前の留学であり、その後2児を子育て中とのことであるが、まったくそのことを感じさせない。日本語はなめらかだし、はつらつとしていらっしゃる。なつかしい時間が流れた。

 つぎは後半戦。故落合弁護士のご家族がご家族で訪ねてきてくださった。配偶者と男児、女児の4人連れである。

落合くんは、わが事務所の新進気鋭の若手、希望の星であったが若くして亡くなられた。ちょうど裁判員裁判導入期、あまたいる福岡県弁護士会会員のなかで、なんと第1号事件と第3号事件をひきあてた(比喩である。)。なんという引きの強さ。

弁護士は時代から呼ばれるところがある。弁護士になったときに社会的課題となっていた事件に飛び込んでいき、それを解決することにより社会に貢献していく。落合くんのばあい、まさに裁判員裁判がそれだった。

他人に対してプレゼンすることが好きでもあったようだ。結婚式ではとても巧みに自己プレゼンをしていたように思う。

その後も、落合くんがいてくれたらなぁと思う場面はすくなくない。数々の活躍が期待されたのである。

他の事務所の詳細は知らない。が、わが事務所はOG、OBが比較的たくさん訪ねてきてくれる事務所だと思う。たいへんうれしい。

訪ねてくるほうはハードルがたかいだろうに、そこを越えてきてくれるところがなおさらうれしい。それでも彼女ら、彼らはいちどはともに働いてきたメンバーたちである。

落合くんのご家族のばあい、当事務所は初訪問であった。さぞかしハードルが高かったことだろう。でも子どもさんたちに落合くんの職場をいちどは見せておきたいという気持ちがまさったのだろう。

旧交をあたためることができた。欧州旅行や収集癖の思い出話をしたり、落合くんの知られざる一面をあらためて知ることもできた。楽しいひとときであった。再会を約した。