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2023年5月17日水曜日

残雪の槍ヶ岳(4)

 







 3日目。いよいよ槍ヶ岳をめざす。

横尾からは道は3つに分かれる。左に梓川を渡れば穂高方面、右に斜面を登れば蝶ヶ岳、まっすぐ梓川沿いに進めば槍ヶ岳である。

横尾から先、梓川を挟んで、氷河がけずったV字谷となる。槍沢である。槍沢の谷を進むと、ときどき前山越や樹木越に槍の穂先が見える(1枚目の写真)。

さいしょはオオシラビソなどの針葉樹林帯である。が、しばらく進むと森林限界となる。森林限界から先は、寒さに強い針葉樹でさえ生存できない厳しい世界である。

森林限界というもそこから先、樹木がまったく生育できないのかというとそうでもない。ダケカンバ(岳樺)ががんばっている。落葉広葉樹であり、この時期まだ葉を落としている。

雪の影響を受けつつもリズミカルに並んでいたり(2枚目の写真)、青空をバックに美しい樹影をこしらえたりしている(3枚目の写真)。心おどる。

槍沢のキャンプ地あたりになると、梓川は伏流し、残雪の下にかくれてしまう(4枚目の写真)。前を行くのは槍沢ロッジのスタッフ。毎日のように雪面の状況が変化するので、道しるべとなる旗の位置を微調整してくださっている。

他のコースとちがい、V字谷の底を行くので、(少なくとも晴れていれば)大きな道迷いはない。しかし、雪渓を踏み抜いて梓川に落ちてしまったりしたらたいへんだ。また雪崩も危険。両側にデブリ(雪崩の跡)が堆積している。これら危険がもっとも少ないと思われるルートに旗が立てられている。

大曲という谷が大きく湾曲しているところをすぎると、穂先に向かって急登の連続となる。正念場だ。

グリーンバンドをすぎると槍の穂先が見えてくる(5、6枚目の写真)。雪と岩のコントラストはもちろんだが、空の青の深さ、雲の白のまばゆさが美しい(是非、写真をクリックして拡大して見て欲しい。)。ことしも来ることができた。すべのことに感謝、感謝。

2023年5月16日火曜日

残雪の槍ヶ岳(3)蝶ヶ岳からの展望

 




 上高地から3時間歩いて横尾に着いた。きょうはここで宿泊。横尾から振り返ると、前穂とその北尾根が輝いていた(1枚目の写真)。美しい(しかし連休中、3人が滑落し、うち2人が亡くなっている)。

もともとは、まず常念岳に登り、稜線を縦走して蝶ヶ岳に登り、そして横尾に下山する計画だった。しかし、2日目午前中の天気は荒れるとの予報だった。強風と大雨。そこで急遽、常念岳を断念して、上高地から横尾入りすることに計画変更した。

天気予報の精度は格段に向上している。明日は14時から雨が降るというと、ほんとうに14時から雨が降り出すから驚きだ。山の天気が変わりやすいのは変わらない。けれども、天気予報の精度が向上したことにより、登山の安全性が増していることは間違いない。

他方でコロナ禍以降困っているのは、山小屋が完全予約制になったことだ。むかしはどんなに混雑していても、布団1枚に3人寝かしてでも、泊めてくれた。しかしコロナ禍以降、そういうわけにはいかなくなった。

むかしだったら、常念小屋で天気の回復をまって、蝶ヶ岳へ縦走していただろう。しかし山小屋の完全予約制により、そうもいかなくなった。その先の横尾山荘や槍ヶ岳山荘の予約が流れてしまったり、予約できなくなってしまうからだ。そのため、常念岳の登りを断念して、上高地から横尾にショートカットしたというわけだ。

2日目、午前9時まではかなりの雨量だが、それ以降は1ミリ程度と予報されていた。山荘で一日潰すのはもったいない。そこで、9時過ぎに小屋を出て、蝶ヶ岳(2677m)に登ることにした。

上高地の標高は1500mだから、標高差1200m。宝満山の標高が800mであるから、その1.5倍である。5時間半くらいのコースタイムだろうか。

雨のなかを出発したが、1時間程度で雨はあがった。この日、蝶ヶ岳に同じコースで登ったのは4グループ6人(くだりのときにさらに2グループ3人に出会った)だった。

5合目くらいから残雪となった。アイゼンを装着する。先行していたおじさんが先に進むかどうか迷っている。

夏道はみえない。オオシラビソの木につけられた道標やペンキマークを目印に登ることになる。トレースはあったりなかったり。ときどき判断に迷うところもあったが、おおむね地形に沿って登ることができた。

稜線部は雪が溶けて夏道が露出していた。しかし風が強い。夏であれば登山者が行き交っているところ、誰も歩いてはいない。

振り返ると、槍ヶ岳から穂高の稜線をのぞむことができた(2枚目の写真)。空は曇っているが、稜線にガスはかかっていない。

右端が槍ヶ岳。中央やや右に凹んでいる部分が難所として知られる大キレット。その左は穗高連峰である。

穗高連峰を拡大してみる(3枚目の写真)。右から北穗高岳、涸沢岳、奥穗高岳、前穂高岳。涸沢岳から下にエプロンのように白くなっているところが涸沢(左側に岩が点々とみえているのはザイテングラード)である。

さらに左手、南を見ると、木曾の御嶽山をのぞむことができた(4枚目の写真)。神々しい。霊峰と呼ぶにふさわしい。

2023年5月15日月曜日

残雪の槍ヶ岳(2)上高地の猿祭り

 









 上高地にはニホンザルがいる。なんでも世界で最も寒いところにいるサルだそう。


上高地に3回行くと、1回はサルにまったくあわない、1回は数匹のサルにであうことができる、1回はサルの群れにであることができるという感じだろうか。

この日はなんと3群ものサルの群れにであうことができた。サルの集会かお祭りでもやっていたのだろうか。カワウソが祭りをするのであれば、サルが祭りをしたって不思議ではない。

上高地の地図はこうなっている。右上から左下に斜めにひかれた青い線が梓川。左上が上流である。中央部から左上に向かって歩いた。


この日の出発点は、上高地バスターミナル。地図のほぼ中央部E点。梓川の左岸(上流からみて左)である。

そこから右方、上流へむかい、5分で河童橋(⑥)。河童橋で橋を渡り、岳沢湿原(⑧)を抜けて梓川の右岸を行く。

1時間ほどで明神池のまえに着く(⑩)。猿の群れにであったのは、ここらあたりからだ。明神橋横のワイヤーを上手に渡っているやつがいる。

自然環境保護のため、人は木道のうえを歩かないといけない。しかし木道を占拠しているやつがいる。顔が赤い。昼間から飲んでいるのか。

さらに行くと、向こうからおっかない顔した連中がやってきた。サルとは目をあわせてはいけない。喧嘩売っているのか!ということになるらしい。しかしこういう場面で目をあわせないことはむずかしい。また木道から外れないでやりすごすこともむずかしい。

人間のことなど知るかと歩いているやつもいる。上方に気をとられているやつもいる。その上方でさらに上方に気をとられているやつもいる。

食事中のやつもいる。考え中のやつもいる(ただ顎がかゆいだけかもしれない)。瞑想中のやつもいる(ただ昼寝しているだけかもしれない)。なかなかにぎやかだ。サルの惑星ならぬサルの楽園だ。

2023年5月14日日曜日

残雪の槍ヶ岳(1)

 



 ことしも残雪の槍ヶ岳に登った。

名古屋に泊まり、朝一(といっても7時発)のJR特急ながので松本まで。そこからアルピコ交通上高地線に乗り換え、新島々駅へ。新島々駅横には梓川が流れている。

梓川(信濃川となって日本海にそそぐ。)は、槍ヶ岳に発する。なので、新島々から槍ヶ岳直下までは梓川をさかのぼる旅でもある。

新島々からはバスに乗って上高地まで。上高地は環境保全のためマイカーでの乗り入れが規制されている。福岡は雨だったが、上高地はよく晴れていた。

バスセンター横を梓川が流れている。梓川流域は花崗岩でできているため、水がとても澄んでいる。美しい。イワナが泳いでいる。

バスセンターから5分上流へ行くと河童橋がある。芥川龍之介の小説で有名なところ。

河童橋から上流には奥穗高岳を中心に穗高連峰がのぞめる(1枚目の写真)。梓川を前景とし、残雪をかぶった穗高連峰はいつみてもしびれる。

中央やや左手の峰が奥穗高岳。3190m、日本第3位。右上隅が前穂高岳。奥穂と前穂をむすぶ稜線が吊り尾根である。

奥穂から左手にいったん切れ落ちて、次に尖っているのがロバの耳、その次がジャンダルムである(裏側)。西穗高は画面さらに左側に見えている。北穂や涸沢岳は奥穂の向こう側にあり見えない。

中央部(残雪がないところ)が岳沢。夏は岳沢から紀美子平を経て、前穂でも奥穂でも登ることができる。いまの時期はまだまだ難しい。

河童橋から下流方面をふりかえると焼岳がのぞめる(2枚目の写真)。北アルブス唯一の活火山。噴煙をあげている。麓に大正池がある。焼岳の噴火で梓川が堰き止められてできた。きょうは寄っていくヒマがない。

写真右手の川縁にたくさん人が写っている。去年にくらべ3倍以上の人出だ。インバウンドも回復してきていて中国語、韓国語をはじめとする外国語を話す人や、イスラム系と思われる出で立ちの人も多い。

上高地から今日の宿泊地の横尾をめざす。梓川に沿って約3時間。途中、1時間ごとに明神、徳澤園という休憩ポイントがある。

明神あたりからは明神岳を(3枚目の写真)、徳澤あたりからは前穂の北尾根を(4枚目の写真)のぞむことができる。前穂北尾根は井上靖の小説『氷壁』の舞台になっている。

https://www.amazon.co.jp/%E6%B0%B7%E5%A3%81-%E6%96%B0%E6%BD%AE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E4%BA%95%E4%B8%8A-%E9%9D%96/dp/4101063109

槍ヶ岳はまだまだ先だが、穂高の名峰たちの美しい姿に胸はたかなるばかりだ。

2022年5月10日火曜日

残雪の槍ヶ岳(2)

 




 槍沢ヒュッテについたのは昼すぎ。ちょっと前から雨になっていた。あとから続々と登山者が到着する。みな凍えそうな表情だ。早出早着計画でよかった。

翌朝は快晴。槍沢をつめていった。左手は梓川が水量おおくゴウゴウ鳴っている。ヒュッテをでるとまもなくから、西岳や赤沢山の稜線からくだってくる雪渓をつぎつぎとトラバースしていく。槍沢からはいっとき槍の穂先が見えるが、残念ながら木々がじゃまをしている。

キャンプ場のあるババ平から先は槍沢上部の雪渓地帯。春を迎え、あちこちヒビが入り、崩れそうで怖い。大曲を曲がると、槍沢の水流は雪渓の下に隠れてしまう。そこからは槍に向かってひたすら雪渓を登る。白馬の大雪渓を2、3つ登るかんじだ。

左から大喰岳の稜線が、右から東鎌尾根の稜線が迫り、谷がどんどん細くなっていく。グリーンバンドという氷河地形のあるところをすぎると、くっきりと槍の穂先が見える。

そこらあたりからスラブといって雪崩のあとがあちこちにある。残雪期だからといって、雪崩が起きない保証はない。昨夜は稜線部で30センチの積雪があったと誰かが言っていた。

穂先が見えてからも長い。アイゼンとピッケルを確実に操作しなければならない。雪はしまっていて、よいコンディションだ。

ただし単調ではない。踏み抜きといって、雪が薄くなったところで、膝ぐらいまで埋まってしまう。ときには大腿のつけねまで埋まってしまって、行動不能になった人もいた。

岩や砂礫が露出しているところもある。後ろを振り返ると怖いので振り返らない。途中で休憩する回数が増える。中途半端なところで休憩すると、転げ落ちそうだ。

なんとか稜線に達することができた。振り返ると、手前に蝶が岳から常念岳の稜線。後ろに浅間山、八ヶ岳、富士山(写真を拡大すると、中央にちょこんと見える。)、南アルプス、中央アルプス。そして前穂高岳などの山々が美しい。

北に目を転ずると、西鎌尾根の先に、黒部五郎、双六、薬師岳、水晶岳、立山、白馬など黒部源流の山々が残雪に輝いていた。

当初の計画では、槍ヶ岳に登り、肩の小屋に一泊して、翌日、下山する計画だった。しかし天気予報によると、翌々日は朝からマイナス4度、風速15メートル、霧という天気予報だった。風速1メートルにつき体感温度は1度下がる。あすは体感温度マイナス19度となるということだ。そこで槍ヶ岳山荘には泊まらず、槍沢ヒュッテに戻ることにした。

登り5時間30分、くだり3時間30分、合計9時間のコースタイムだ。体力的に歩けるかどうか心配したけれども、明日くだるよりはマシだろう。バテバテだったが、なんとかくだりきることができた。大満足の山行だった。

2022年5月8日日曜日

残雪の槍ヶ岳(1)

 

 連休は北アルプス・残雪の槍ヶ岳へ。

当初計画では名古屋で前泊する予定だった。天気予報によると、翌日は昼から雨。それなりの雨量が予想された。名古屋前泊だと上高地着が昼ころになり、槍沢まで5時間の歩きがすべて雨に濡れることになる。そこで、仕事をはやく切り上げ、松本まで足をのばして前泊することとにした。

ホテルでチェックインしていると、他の客が上高地へ行く道の土砂崩れ閉鎖はどうなったか訊いていた。翌朝のバスをウェブで予約したばかりだったので、上高地までバスが走るものと思っていたので驚いた。数日前の大雨で不通になっているらしい。

翌朝5時30分の始発バスに乗った。この5時に道路閉鎖は解除されたらしい。上高地には帝国ホテルがある。帝国ホテルの威光により夜通し突貫工事が行われたにちがいない。と誰かが冗談を言っていた。

7時、上高地に着いた。上高地は連休まで冬山ということで閉鎖されている。オープンするのは連休直前である。そのせいか、土砂崩れの影響か、時間が早いせいか、静かな上高地だった。

雲が忙しく往来し、穗高の山々を覆っては晴れていった。河童橋の手前で、ちょうど晴れた。河童橋に達するとガスがかかってしまった。大雨の影響か、梓川の水量も多い。それでもさすが澄んでいる。エメラルドグリーンに輝いている。

河童橋から5分ほど進むと小梨平というキャンプ場がある。そこでガスが晴れた。梓川越しに岳沢、そして奥穗高岳が美しく見えた。とてもきれいだ。上高地の語源は神降地だという。たしかにそうかもしれない。視覚だけでなく、コマドリなどの野鳥が鳴き交わし聴覚的にも心地がいい。

このような絶景に出会うことができたのも、松本まで足をのばして前泊することができたおかげだ。名古屋泊のままであれば、上高地から雨が降っていただろう。山で絶景に出会うには天気と上手につきあうことが大切だ。

2021年5月9日日曜日

会津磐梯山・登山記


おくのほそ道の旅はつづきます。いわく。等窮が宅を出でて五里ばかり、檜皮の宿を離れて、浅香山あり・・・。ちょっと待ってください、芭蕉さん。飛ばしてしまっていますが、須賀川から檜皮(日和田)の宿へ行く途中には、郡山があります。

東北新幹線を郡山でおり、磐越西線で西に向かうと40分ほどで猪苗代駅。同駅の手前から左手に猪苗代湖が見え、右手には磐梯山が聳えています。

猪苗代駅でおりないでさらに行くと、綾瀬はるかが主演した『八重の桜』の舞台である会津若松に着きます。

先に紹介したとおり、芭蕉らも会津根を見ています。しかし、芭蕉らが見た会津根とこんにちの磐梯山は少なくとも北半分が違っているはずです。なぜなら明治21年に水蒸気爆発をおこし、北半分は山体崩壊をおこしているからです。

大惨事だったのですが、いまではそのおかげで裏磐梯という美しい湖沼群を形成しています。秋などお奨めです。

猪苗代駅でおりると、車で10分ほどで猪苗代スキー場に着きます。ここが磐梯山の登山口。スキー場の上部が1合目です。山の南東側になっています。

ここから磐梯山を中心に反時計まわりに進みます。東側の赤埴山、北東側の沼の平を経て、北側の噴火口上部につきます。すこし迂回すると弘法清水に着き、そこから直登すると磐梯山の山頂1819メートルです。山頂から南をのぞむと、猪苗代湖が広がっています。

猪苗代湖の向こうは那須岳、朝日連邦、北を振り返ると、安達太良山や吾妻山をのぞむことができます。

これまで夏に2度、春1度、冬1度登りました。この写真は春にのぼったときのものです。赤埴山をすぎ、裏側にまわったところからみた磐梯山です。まだ大量の雪が残っています。

このときは、帰りがけ、噴火口上部あたりで雷に見舞われました。閃光が光るのと雷鳴が轟くのが同時で、いつ雷にうたれてもおかしくない状況でした。低木のあるところまで、背をひくくするため這ってくだりました。10分ほどだったでしょうか、生きた心地がしませんでした。

古人が神の存在を感じたのはやはり雷によってはないでしょうか。旧約聖書の神の怒りは雷のイメージです。数ある死に方のなかでも雷にうたれて死ぬのだけはご免こうむりたいです。

2018年6月1日金曜日

残雪の北アルプス(5)


(八方尾根から北を望む。白馬三山)

 翌4月30日はやはり朝3時30分起床,4時前に八方池山荘を出発です。早出,早着が基本。5時ころ日の出なので,4時ころであればもうヘッドランプはいらないぐらいには見えます。

 きのう偵察したとおり,八方山ケルンを経て,八方ケルン。ここでアイゼンを装着するつもりでしたが,ツボ足のまま雪原に踏み出します。第2ケルンを経て,第3ケルンへ。夏であればここから八方池とその背後に白馬三山がのぞめますが,八方池はいまだ雪のなか。白馬三山はすこしずつ明るくなってきています。

 もうしばらくいくと,下の樺(しものかんば)。なぜか,このあたりだけ突然,ダケカンバの樹が数十本はえています。もう少し登ったところにもあるので,下の樺と上の樺と呼ばれています。カップルがアイゼンをつけて休憩していました。

 もうちょっと行けるだろうと通過したところ,後方が急に明るくなる感じがして振り返ると,ご来光です(写真は,「ロータリークラブ地区大会@宗像ユリックス」に添付のものです。)。太陽のパワーはすごく,日の出とともに身も心もあたたかくなります。太古の人類は毎朝,ご来光をまちわび,畏怖の念をいだいたことでしょう。

 下の樺を通過すると,右手に雪壁が。ここはさすがにツボ足では怖そうなので,アイゼンを装着。ピッケルとアイゼンで手場,足場を確保しながらよじ登ります。去年だったら恐怖をおぼえたくらいの雪面ですが,すこしずつ慣れてきました。

 あたりが明るくなり,左右に絶景がひろがります。右手は白馬三山です。積雪期にいちど登ってみたい。はたして登れるようになるでしょうか?
                         (つづく)

2018年5月30日水曜日

残雪の北アルプス(4)


(八方尾根から,右は五竜岳,左奥が鹿島槍ヶ岳)

 焼岳を下山してから,唐松岳を目指し,新島々,松本を経て,白馬へ。白馬駅から八方ゴンドラリフト駅へ。

 チケットを買うのに,登山届を要求されました。装備欄の記載がないとして再度書き直し,きびしい。
 ゴンドラとリフトを乗り継いで,八方池山荘へ。途中はスキー場なので,スキーヤーがいっぱい。

 八方池山荘は,水道工事中のため,営業していないとのアナウンス。
あれ?予約したのになぁ。
 トイレも使えないので,途中で用をたしていくようにとまで。あれれ,どうなるものやら。
 はらはらしながら山荘につくと,それほど不自由なく使えました。なあんだ。

 部屋は4人の相部屋。名古屋の1人,東京の2人と。名古屋の1人はぼくとおなじく明日登山予定。東京の2人は今日登ってきたとか。東京の2人は75歳と77歳。ですが,20キロはありそうなザックをかついで元気。さすがに白馬の温泉宿をさがす(連休中です)元気はなく,ここで一泊。77歳のおじさんからは,夏冬の山の情報をいろいろ教えてもらいました。

 きょうもまた夕食まで時間があったので,偵察にでかけました。八方尾根はゴジラの背中のような長大な尾根。過去にいくつかの悲しい遭難を経験し,要所要所に立派なケルンがあります。八方山ケルンを経て,八方ケルンまでは残雪はあるもののアイゼンをつかわずに登れそうでした。そこから先は大きな雪原がつづいていたため,偵察はそこまで。

 後ろ立山の稜線が登る方向に障壁をなしていて,登山意欲をかきたてられました。尾根の左手(南側)は,昨夏,いつものグループで登った五竜岳。そして,その奥はさらにその前に登った鹿島槍ヶ岳が荒々しい山肌に雪をまとって聳えていました。

 尾根の右手(北側)は,白馬三山。手前から白馬鑓,杓子,白馬。正面は唐松岳と不帰の𡸴が見えています。
 よし明日はがんばろう!           (つづく)

2018年5月28日月曜日

残雪の北アルプス(3)


(焼岳を背に下堀沢上部,右側が南峰の雪壁,むこうは乗鞍岳)

 焼岳は,北アルプス南部に位置しています。北アルプスの南端は乗鞍岳で,その北側,つまり南から2番目の山です。焼岳の北側には穂高連峰や上高地があります。

 焼岳登山は2回目。日本百名山の1つです。百名山に挑戦したときは,上高地側から登りました。

 雪山登山としては,この新中ノ湯コースが推奨されています。このコースは,下堀沢上部が,南峰からの雪崩のおそれを指摘されていますが,冬期は上高地側より登りやすいのでしょう。

 下堀沢との出会いふきんまでは樹林帯のなかを登ります。踏み跡が複数あって迷いますが,基本,尾根伝いに登るのでコースを大きく外れることはありません。

 下堀沢に入ると,ボール状の地形になり,たしかに南峰の雪壁は状況によっては雪崩そう。これを左側から回り込むようにしてトラバースしていきます。

 ツボ足(アイゼンなどをつけない状態),ストック(ピッケルではなく,夏山にも使うポールストック)でも登れそうでしたが,上部は斜度が増してきたので,念のため,アイゼンとピッケルに装備を変えました。

 南峰は崩落がすすみ,夏山は登山禁止とされています(雪山ならば登れるらしい。)。斜度の増す雪面を登り詰めます。南峰と北峰の分岐あたりは,活火山らしく,硫黄の臭いがし,水蒸気が出ていました。
 
 そこからは北峰を右側から回り込むようにして頂上に達します。山頂部は融雪が進み,雪と地面がまだらになっています。

 山頂に立つと穂高連峰,上高地,笠ヶ岳,槍ヶ岳,黒部源流の山々があらわれました。すばらしい景観。ただし,春山のせいか,すこし霞んでいるのが残念。
 
 先行者は誰もおらず,この日,入り番乗りで,絶景をひとり占めでした。しばらくすると,写真家のかたがあがってこられ,いろいろと教えていただきました。

 風景をしばらく楽しんだあと,下山開始。ぞくぞくと後続の方々が雪面をあがってきます。日差しがつよくなり,日焼けしそう。汗もにじみます。

 融雪がうまいぐあいにすすんだころあいで,ザクザクと軽快に下山をすることができました。(つづく)

2018年5月24日木曜日

残雪の北アルプス(2)


(焼岳南峰)

 最初に登ったのは,焼岳です。

 難易度としては,唐松岳→焼岳→立山なので,この順に登るのが望ましい。しかしながら,そうすると名古屋から信州入りして松本から北上して白馬,白馬からまた松本に戻り,その後再び北上して信濃大町へと行ったり来たりすることになります。そこで,やむをえず焼岳から登ることにしました。

 天気予報は連休前半はだいじょうぶそうでした。

 初日は,松本から上高地方面に向かい,途中下車して中ノ湯に泊まりました。はじめての宿で,山小屋をイメージしていたらちゃんとした温泉宿で,登山客以外の観光客もいっぱいでした。玄関先から眺めると,穂高の山並みが焼岳の尾根上に美しく輝いていました。あしもとには,フキノトウがたくさん,遅い春が顔をだしていました。

 翌朝は暗いうち(日の出前1時間で4時)の出発を予定していたので,1ピッチ(1時間)分の偵察をおこないました。旅館の右側を登り,林道をショートカットするのですが,ここが一番の難所というくらいの急登でした。

 温泉は外湯がすばらしく,餌場がもうけられていてヒガラ,シジュウカラが5羽ほど遊びに来ていました。

 和室1間に1人なので快適,お隣は東南アジアからの家族連れのようでした。

 明日の早立ちにそなえて,早めに就寝しました。(つづく)

2018年5月23日水曜日

残雪の北アルプス(1)


(唐松岳)

 すこし報告がおそくなりましたが,ことしの連休も残雪の北アルプスに登りました。焼岳,唐松岳,立山の3山です。昨年登った仙丈,乗鞍,正月に登った燕にひきつづき,雪のアルプスへの再度の挑戦です。

 ぼくが日本アルプスに登るようになったのは,大学時代にワンダーフォーゲル部(ワンゲル)に所属してからです。
 ワンダーフォーゲルは渡り鳥という意味のドイツ語です。

 山に登ることは登山部とおなじですが,岩登りと雪山はやらないと言われていました。ただし,公式行事としてはで,任意のグループで登ることは委員会の承認を条件に許されていました。しかし,ぼくは大学時代,そこまではやりませんでした。

 40代後半になって山登りを再開したわけですが,やはり雪山はやらないつもりでした。しかし,すこしずつ考えが変わってきました。

 ひとつは,100名山を踏破するなか(磐梯,妙高,九重など),あるいは,大雪山~トムラウシ縦走(大雨のため途中撤退),槍・穂(大キレット)縦走に挑戦するなかで,大きな雪渓や残雪を経験することが何度かあったことです。

 ふたつは,雪山とひとくちに言ってもさまざまなレベルがあることを知ったことや,山仲間のなかで雪山に挑戦する人がでてきたことです。こうしたことから,やってみようと思うようになりました。

 すこしずつ雪山の道具を買いそろえていきました。山道具は安くなく,雪山道具はさらに値が張ります。ピッケルは,百名山を踏破したときに,太宰府ロータリークラブからプレゼントされたものを愛用しています。

 昨年から,アルプスに挑戦するまえに武奈ヶ岳,伊吹山,霊仙山,ことしになって赤城岳,那須岳,谷川岳,武尊山,越後駒に登りました。こうしてすこしずつ難易度をあげてきました。

 たしかに,雪山とひとくちに言っても,難易度はさまざまです。時期,山域,雪の具合,トレースの有無,天候などによって,同じところでも大きな違いがあります。

 時期は,むずかしい順に,厳冬期,天候が落ち着く2月後半以降,残雪期にわかれます。山域は,厳冬期だと,北アルプス北部は文字どおり厳しいものの,八ヶ岳や東京近郊であればそうでもありません。

 降雪直後は,トレース(踏み跡)がなくルートファインディングが難しいですし(夏道は雪の下),ラッセルという力仕事も必要になります。これに対し,ゴールデンウィークぐらいになると,天候も安定し,多くの人が登るので踏み跡もあり,雪もしまっていてラッセルは不要になり,比較的容易に登れるようになります(とはいえ,昨年の乗鞍で経験したとおり,天候が崩れホワイトアウトすると急に難易度があがります)。

 ということで,ことしも残雪のアルプスに挑戦しました(つづく)。