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2023年8月24日木曜日

不帰ノ嶮(かえらずのけん)(3)ご来光

 


 山中2日目の夜明け。

日の出は5時ころ。4時半まえに起き出して裏山に登る。すでに20~30人の人たちが待ち構えている。風はそれほどなく、ややひんやりする気温。ブルーモーメント。東の空が白んでいる。

寒色系の空に、すこしずつ暖色系の色合いがまじっていく。白馬村があるあたりは雲海に覆われている。東のほう、雲海の涯、ある点の光が増していく。日の出はおそらくあのあたりだ。

小さな輝点が姿をあらわす。ご来光だ。どよめきが起きる。輝点がどんどん成長し、円弧、半円、丸円となる。ひゃー神々しい。

ご来光を拝すると、太陽のパワーを実感する。太陽光線があたると、明るく、あたたかくなる。人類の強い味方。太古人類が神とあげめたことが実感できる。

手前は北信五岳(妙高、斑尾、戸隠、飯綱、黒姫)、その横は信州と越後の県境にある頚城山塊(妙高、火打、雨飾)。

西側を振り返ると、立山と剱岳がモルゲンロートに。後はビーナスベルト。美しい。手前の黒部峡谷はまだ夜があけていない。

鹿島槍、五龍、唐松、白馬の山々は後立山連峰と呼ばれる。いまの感覚だと、あれっと思う。立山の前にあるから、前立山ではないかと思うのである。

なぜか。後立山という呼称は富山県、日本海側からの呼称だ。この名称がつけられた当時、信州側より富山県側のほうが栄えていたということだろう。

しばらくすると、朝日は角度をあげる。空はふたたび、暖色からブルーの世界に変化する。雲海がキラキラ光をはねかえす。なんという雄大な景観だろう。

2023年8月23日水曜日

不帰ノ嶮(かえらずのけん)(2)唐松岳頂上山荘にて

 




 山中1泊目は、唐松岳の肩にある唐松岳頂上山荘(標高2620m)に泊まる。

八方尾根を登ること4時間5分。山荘から徒歩15分で、唐松岳の山頂だ。山頂は2696m。北アルプスは後立山連峰の一角で、日本三百名山。なかなかかっこよい山だけれども、いずれも百名山の五龍岳と白馬岳にはさまれて、三百名山に甘んじている。

南を望むと五龍岳(1枚目の写真)。2814m。その右(東)には、黒部川の峡谷をはさんで薬師岳が見えている。右肩、最奥部には槍・穂高も見えている。

唐松岳は1500mくらいまでゴンドラやリフトが利用でき、危険箇所も少ないため、北アルプスの山のなかでは比較的登りやすい。お盆期間中ということもあり、家族連れ、子ども連れのパーティもいた。山荘前では、唐松岳を背景に、子どもが黒部の深い谷をのぞき込んでいた(2枚目の写真)。

西側、黒部峡谷の向こうには立山と剱岳が見えるはず。だが残念ながら、ガスが発生してしまって見えない。

太平洋沖では猛烈な勢力をもつ台風7号が発達しながら本州に接近していた。台風は湿った空気を日本列島にどんどん送り込んでいた。そのため、山の天気はめまぐるしく変化し、午後からは積乱雲が発達した。稜線にいては危険な積乱雲だが、小屋前では皆、発達した積乱雲をまえにくつろいでいた(3枚目の写真)。

びっくりしたのは山荘の裏に、ウソがいたことだ(4枚目の写真)。いや、ほんと。ウソはご存じのとおり、天神様の使いの鳥。太宰府天満宮でウソ替えをやるときの、あのウソである。天満宮の裏山に住んでいると思いきや、このような高山帯にまで住んでいるとは。

ウィキによると、亜高山帯には住んでいるようだ。亜高山帯とは、シラビソやコメツガなどの針葉樹が生育しているようなところだ。高山帯は、寒冷、強風や豪雪の影響で、それら針葉樹も生きることができず、ハイマツや高山植物しか生育していない。

そのような厳しい環境で、なぜウソがいたのだろうか。ひとつは温暖化の影響もあるだろう。近年、サルやイタチが高山帯にまで進出し、ライチョウを襲っているという。

ウソとライチョウの関係はどうだろう?ともに神の使いであるから、仲よく共存してほしいものだ。

2022年12月27日火曜日

2022年のまとめ

 





 歳末の観劇のうち能の話がまだだけど、わが事務所はきょうが仕事納めなので、2022年のまとめ。

ことしのベスト5は時系列で、①白銀の東北4峰登頂、②残雪の北アルプス槍ヶ岳登頂、③大雪山縦走、④北アルプス裏銀座縦走、⑤北アルプス立山登頂かな。

①白銀の東北4峰登頂(ソロ)
2月、白銀の蔵王、西吾妻、磐梯、安達太良山の4峰に登った。仙台空港におりたち、仙台→山形→米沢→福島→郡山→猪苗代→郡山→福島→二本松→福島→仙台と旅をしながら。2月は北西の季節風が吹き付ける厳冬期なのだけれど、蔵王や西吾妻の樹氷はこの時期しか見られないので。いつもはガスガスだったりするのだけれど、今年は天気にめぐまれて4峰全部登ることができた。ラッキー。

②残雪の北アルプス槍ヶ岳(ソロ)
ゴールデンウィークは残雪の槍ヶ岳に登った。山頂の肩にある槍ヶ岳山荘で一泊する予定だったが、翌日の天気が厳しそうだったので、ふもとの槍沢ヒュッテから往復した。バテバテ。そのうえ、一眼レフカメラのメモリーを忘れてしまった。スマホの映像しか撮れず。来年リベンジしたい。

③大雪山縦走(ソロ)
北海道には梅雨がない。本州や九州が梅雨時で本格的な夏山がはじまるまえの7月上旬が空いている。高山植物には早いことが多いが、ことしは百花繚乱。そのせいか、人も多かった。旭岳温泉からまず最高峰の旭岳に登り、お鉢を1/4めぐって白雲岳避難小屋まで。ここでも翌日の天気予報が悪かったので、トムラウシ山縦走はあきらめた。小屋からお鉢にもどり黒岳をへて、層雲峡に下山。

④北アルプス裏銀座縦走
怪鳥会の行事。信濃大町から烏帽子小屋、野口五郎岳、水晶小屋、水晶岳、鷲羽岳、三俣蓮華岳、双六岳、双六小屋を経て新穂高温泉まで。数年前、烏帽子岳まで登ったところで台風に直撃されたため断念したもののリベンジ。

⑤北アルプス立山登頂
娘たちと立山三山のうち、浄土山、雄山。そして最高峰の大汝山に登頂。浄土山で御来迎(ブロッケン現象)に出会えてよかった。下山後の安曇野、松本観光も楽しかった。

ことし63歳になった。コロナ禍のなか、これだけ登れればまぁまぁかなと思う。わが健康とこれを支えてくれたまわりの方々に感謝したい。

事務所的にも稲村晴夫弁護士、森俊輔弁護士が退所され、どうなることかと心配した。が、まぁまぁなパフォーマンスで今年をしめくくることができそうだ。

これもまた事務所の面々やわが事務所を応援して頂いている皆様のおかげ。心より感謝申し上げます。ではよいお年をお迎えください。

2022年12月22日木曜日

安曇野@ブラタモリ

(大王わさび農場のワサビ田)
(穂高神社若宮西のケヤキ、井上靖の短編小説『欅の木』のモデル)
 
 本ブログで10月17日「立山・浄土山でご来迎に迎えられる」18日「雲上の絶景」19日「立山雄山・大汝山」20日「下山後の楽しみ」と投稿した。覚えておられるだろうか。

 http://blog.chikushi-lo.jp/2022/10/blog-post_17.html

 http://blog.chikushi-lo.jp/2022/10/blog-post_18.html

 http://blog.chikushi-lo.jp/2022/10/blog-post_19.html

 http://blog.chikushi-lo.jp/2022/10/blog-post_20.html

20日「下山後の楽しみ」では、登山の翌日、安曇野観光をしたとだけ書いた。具体的には、大王わさび農場と穂高神社を訪ねた。

そうしたら先日、ブラタモリで安曇野をやっていた。タモリが訪ねたのも同じところだった。まず、大王わさび農場。

われわれは無邪気にワサビ味のソフトクリームおいしい!などとやってきただけ。タモリはちがう。なぜ、ここにワサビ田があるのかというところからはじまる。たしかに。

ワサビは伊豆などの山間の沢でしか育たないと思っていた(石川さゆりの「天城越え」の歌詞参照)。安曇野は野というぐらいだから平野(盆地)である。

しかし農場は、わさび田湧水群の一角にある。安曇野は松本盆地の北部にあり、北アルプスの山々に降った雨が梓川や穂高川となって扇状地をつくっている。そこへやはり北アルプスに降って伏流した水が湧水となって出てきている。水清く、ワサビ田に最適となっている。

大王の名は八面大王から。大王はこの地にいたという伝説上の鬼。坂上田村麻呂に退治されたという。農場内に洞窟があり、なかにお墓がある。また神社もある。

次に穂高神社。わさび農場の西、車で10分くらいのところにある。ここにあるのは本宮(里宮)で、上高地に奥宮、奥穂高岳の山頂に嶺宮がある。日本アルプスの総鎮守である。

毎年9月27日に行われる例大祭が有名。われわれが訪れたのは、その前日9月26日。露店が並ぶなど祭礼の準備がなされていた。ブラタモリの撮影も祭礼のとき。おそらく同じころだったのだろう。ニアミス。おしい。

例大祭は御船祭である。あれ?と思わないだろうか。山のなかなのに、なぜ、御船なのか。

その答えは安曇氏は海神であるワタツミの末裔だから。記紀に出てくるという。しかも安住族の出身地は福岡の志賀島あたりとされる。

ヤマトタケルが熊襲征伐に出向く途中、筑紫で土蜘蛛が激しく抵抗したため、志我神(志賀島にある志賀海神社)を祀ったという。かくて穂高神社は福岡とも深いつながりがあるのである。

われわれが穂高岳をめざすのは、かかる古からの縁にひかれてであろうか(笑)。

2022年10月19日水曜日

下山後のお楽しみ

 



 立山雄山を下山した後は、みくりが池温泉に入浴した。立山は、一方で浄土や仏に、他方で地獄にもみたてられている。劔岳は針山地獄、室堂北西の谷は地獄谷という具合である。

地獄谷の風景は雲仙や別府のよう。火山地帯で、いまなお硫黄酸化物が噴出し、温泉が湧出している。みくりが池温泉はこれを引いている。当然硫黄泉であり、疲れがよくとれる。日本一高所にある天然温泉でもある。

入浴後、みくりが池温泉の傍におりた。池の面、右手にきのう登った浄土山、左手にきょう登った雄山が美しく映じていた。ここから見ると簡単に登れそうに思えるのだが。

室堂の散策路には草もみじが赤くなっていた。登山ではない、観光客も多くにぎわっていた。インバウンド客はまだなので、それでも盛時の5割くらいだろうか。

膝に違和感を訴えるメンバーがいたので、翌日予定していた別山登山は中止。安曇野・松本市内観光に切り替えることにした。

帰りの立山黒部アルペンルートはよく晴れていた。同ルートはいろんな乗り物が体験できる。室堂からトロリーバスで大観望へ。大観望からロープウェイで黒部平へ。黒部平の展望台から雄山を振り返ると、青空に映えて、雄山が見送ってくれた。

黒部平からはケーブルカーで黒部湖へ。黒部ダムから放水の様子を観察すると、放水の向こうに虹がかかっていた。

2022年10月18日火曜日

立山雄山・大汝山

 




 翌朝はご来光を拝する計画だ。日の出の時刻は5時35分。室堂山荘から立山雄山山頂までコースタイム2時間20分。3時に起きて、3時30分出発。間に合うだろうか。

満天はダイヤモンドダストを散らしたよう。振り返れば富山市内の灯りが輝いている。銀と金の灯りだ。稜線にはヘッドランプの明かりが3つ、4つと揺れ、先行する登山者が登っていくのがわかる。

世界が真っ暗から寒色、そして暖色へと色を変えていく。山頂手前で空が白んできた。ぎりぎりだ。間にあうだろうか。

山頂手前で右手に富士山が見えてきた。よい天気だ。さらに右手には南アルプスが連なっている。

山頂だ。やった。間に合った。20人ほどの人たちが日の出をまっている。風がつめたい。雄山神社・峰本社の社務所に身をよせ、風をしのぐ。

東のほう、水平線上に雲がかかっている。雲がどんどん黄金色に輝きを増していく。そして日の出だ。峰本社が鎮座する岩頭がモルゲンロートに輝く。世界の人々にも幸多かれと祈る。

山頂に登る(3003m)。北方を望むと、大汝山ごしに劔岳も朝日に輝いている。立山の最高峰は大汝山だ(3015m)。

片道20分で大汝山まで縦走する。頂上の岩峰に登る。空に深い青が広がる。立山ブルーだ。背景は右に劔岳、左に大日岳。その後ろには富山市内、富山湾が見えている。絶景である。

つらい思いをして、なぜ山に登るのか分からないという人がいる。だが、これだけの天上世界が拝めるのに、なぜ山に登らないのか分からない。

2022年10月17日月曜日

雲上の絶景

 


 浄土山の山頂から南側を望むと、立山カルデラが望めるはず。だが、この日はどこまでも雲海がひろがっていた。

雲海の左手奥には薬師岳、黒部五郎岳、笠ヶ岳が雲上に浮かんでいる。この夏に水晶・鷲羽を縦走しながらながめた山々だ。右手奥には白山が見えている。

さらに東に目を転じると、槍ヶ岳が独特の姿を見せている。大キレットをはさんで、その右手には雲間に穗高連峰が連なっていた。北穂、奥穂、ジャンダルム、西穂。台風一過の絶景である。

槍ヶ岳の手前左側にみえる、なだらかで大きな山は野口五郎岳。今夏登った裏銀座のセンターである。稜線を右手にたどると、水晶岳の稜線だ。

絶景を堪能して、浄土山をくだった。くだりは、つるべ落としの夕陽との駆けっこになった。室堂平までおりたところで、ちょうど西方の雲海のなかに日が没していった。雲海を黄金色に染めて、西方浄土を思わせた。

この日は室堂山荘泊まり。バスターミナルからほどちかく、お風呂にも入れる。山小屋のような、旅館のような宿だ。

室堂の宿は夏にコロナの影響で休業したところもある。臨時休業を心配したが、だいじょうぶだった。食堂のテーブルにはアクリル板がたてられ、感染症対策もばっちり。

さぁはやく寝て、あすにそなえよう。

2022年10月16日日曜日

立山・浄土山でご来迎に迎えられる

(室堂から立山) 


(浄土山)


(浄土山から劔岳)


(浄土山から雄山)


 松本空港から森弁護士の故郷である信濃大町へ向かった。車窓には安曇野の実り、美味しそうなシャインマスカット、サンふじ、蕎麦などの光景がひろがっていた。松本市内の御菓子屋では信州産の栗菓子、道の駅では信州産の松茸、食事処では信州産のサケにもお目にかかれるはずだ。

信濃大町がちかづくと右手に爺ヶ岳・鹿島槍ヶ岳、左手に蓮華岳・針木岳の大パノラマ・・が広がっているはずだが、残念ながらガスがかかっている。森弁護士の母校の校歌にはこれら3000m峰が3つも登場するらしい。なんという贅沢。

大町の西部、谷間に立山黒部アルペンルートの東側の玄関である扇沢がある。扇沢は台風15号の影響かガスに覆われていた。山のうえのほうはどうだろう。

扇沢からまずは関電バスで黒部ダムをめざす。後立山の山脈を貫通して長野県から富山県へぬける。途中、黒部の太陽で有名な破砕帯を通過する。小学校の教科書に載っていたが、いまは載っていないようだ。

黒部ダムもガスガス。さらにケーブルカーで黒部平、ロープウェイで大観望、トロリーバスで室堂をめざす。バスのなかで、立山雄山の直下を通過する。

室堂に着くと、なんと晴れていた。紅葉にはややはやいが、草紅葉はそろそろはじまっている。すばらしい絶景だ。神々しく宗教的な雰囲気がただよう。昔の人々がここに仏や浄土をみたこともうなずける。

初日は立山三山の一つ浄土山(2831m)へ登る。信濃大町から交通機関で一挙に数千メートルの高度をあがってきたので、高山病(酸欠)にならないよう注意しながら登る。

ひと登り、ふたのぼりで浄土山だ。山頂からは劔岳や立山雄山を望むことができた。やがて日が傾き、ガスが湧いてきた。

同行者の一人が「虹だ!」と叫んだ。よく見ると、ブロッケン現象である。日本では御来迎と呼ばれた。光背を背にした仏様がお迎えに来たようすだからだ。よりにもよって浄土の山でご来迎。感激。これ以上ない、すばらしい体験だった。

2021年11月28日日曜日

残照の頂 続・山女日記

 怪鳥会という山歩きグループに所属している。コマドリ会やライチョウ会などのかわいいネーミングもあったと思うが、怪鳥会。会長の口運び、足運びが怪鳥を思わせる会である。

弁護士や新聞記者など9人がメンバー。九州近辺の山に年数回登り、年に一度はアルプスを目指している。結成して12年になる。

連絡はSNSのグループページで行っている。だいたいは山行や亡新年会の計画や報告である。が、ときどき、山にまつわる読書報告がなされる。

先般は『残照の頂 続・山女日記』(湊かなえ著・幻冬社刊)の紹介がなされた。11月10日第1刷という新刊。休日にそれほど期待しないで読んだところ、意外と突き刺さったという。

知っている人は知っていると思うけれど、NHKのBS3チャンネルで1か月くらいまえからドラマでもやっていた。プレミアムドラマ『山女日記3』。

工藤夕貴主演、中村俊介、田中健、若村麻由美、本仮屋ユイカらが脇を固める。われわれぐらいの年齢だと、工藤夕貴より若村麻由美のほうがよいなぁなどと思いながら観ていた。

SNSに投稿したメンバーにたいし、原作も読んだほうがいいかな?と尋ねた。ところが投稿者はドラマのほうは観ていなかった。コメントを付けくわえたメンバーもドラマは観ているけれども、原作は読んでいないとのことだった。

ドラマ派の二人で、田中健はしぶいだとか、古手川祐子がうらやましいなどと他愛のないやりとりをして、その場はそのままになった。

すると、怪鳥会のメンバーではない稲村弁護士が原作を読んだ、よかったとの感想をもらした。「こ、これは。」、読めという天啓だろうと思い、さっそく裁判所帰りに薬院の書店で購入した。

目次は「後立山連峰」「北アルプス表銀座」「立山・劔岳」「武奈ヶ岳・安達太良山」。つまり、この4本の連作短編から成り立っている。

最後の短編がコロナ禍後に書かれたことは内容から明らか。その前3つの執筆時期はコロナ禍前だろう。

ドラマの原作だからほぼほぼドラマどおりの内容かと思いきや、かなり違う印象を受けた。原作のほうが数倍よかった、感動したとだけ述べておこう。

『山女日記』は、さきの田中健ファンのメンバーによれば、登山のデトックッス効果について書かれたものである。つまり、都会で、仕事で、体内に溜まりに溜まった悪いものを登山によりデトックスするというストーリーである。

本編はタイトルが示すとおり、登山の残照効果について書かれたものである。残照とは、あたりが暗くなってもなお、山頂などに照り映えて残っている夕日の光のことである。

物語の主人公たちは、残照の山頂で、過去を振り返り、整理し直して、あらたな旅に出発していく(再生)。

立山や羽黒三山が生まれ変わりの山であることは、古来いわれてきたことである。それを他の山々にまで押し広げたところが本書の主張だろうか。まてよ、『君の名は。』でも前前前世なんてやっていたなぁ。よく分からない。

ところで、後立山連峰(五竜~鹿島槍縦走)、北アルプス表銀座(燕~大天井~槍)、立山・剱岳、武奈ヶ岳・安達太良山、いずれも登ったことがある。本書をすべて味わいつくすには、これら山々に登ったことがあることがベターだろう。

2018年5月23日水曜日

残雪の北アルプス(1)


(唐松岳)

 すこし報告がおそくなりましたが,ことしの連休も残雪の北アルプスに登りました。焼岳,唐松岳,立山の3山です。昨年登った仙丈,乗鞍,正月に登った燕にひきつづき,雪のアルプスへの再度の挑戦です。

 ぼくが日本アルプスに登るようになったのは,大学時代にワンダーフォーゲル部(ワンゲル)に所属してからです。
 ワンダーフォーゲルは渡り鳥という意味のドイツ語です。

 山に登ることは登山部とおなじですが,岩登りと雪山はやらないと言われていました。ただし,公式行事としてはで,任意のグループで登ることは委員会の承認を条件に許されていました。しかし,ぼくは大学時代,そこまではやりませんでした。

 40代後半になって山登りを再開したわけですが,やはり雪山はやらないつもりでした。しかし,すこしずつ考えが変わってきました。

 ひとつは,100名山を踏破するなか(磐梯,妙高,九重など),あるいは,大雪山~トムラウシ縦走(大雨のため途中撤退),槍・穂(大キレット)縦走に挑戦するなかで,大きな雪渓や残雪を経験することが何度かあったことです。

 ふたつは,雪山とひとくちに言ってもさまざまなレベルがあることを知ったことや,山仲間のなかで雪山に挑戦する人がでてきたことです。こうしたことから,やってみようと思うようになりました。

 すこしずつ雪山の道具を買いそろえていきました。山道具は安くなく,雪山道具はさらに値が張ります。ピッケルは,百名山を踏破したときに,太宰府ロータリークラブからプレゼントされたものを愛用しています。

 昨年から,アルプスに挑戦するまえに武奈ヶ岳,伊吹山,霊仙山,ことしになって赤城岳,那須岳,谷川岳,武尊山,越後駒に登りました。こうしてすこしずつ難易度をあげてきました。

 たしかに,雪山とひとくちに言っても,難易度はさまざまです。時期,山域,雪の具合,トレースの有無,天候などによって,同じところでも大きな違いがあります。

 時期は,むずかしい順に,厳冬期,天候が落ち着く2月後半以降,残雪期にわかれます。山域は,厳冬期だと,北アルプス北部は文字どおり厳しいものの,八ヶ岳や東京近郊であればそうでもありません。

 降雪直後は,トレース(踏み跡)がなくルートファインディングが難しいですし(夏道は雪の下),ラッセルという力仕事も必要になります。これに対し,ゴールデンウィークぐらいになると,天候も安定し,多くの人が登るので踏み跡もあり,雪もしまっていてラッセルは不要になり,比較的容易に登れるようになります(とはいえ,昨年の乗鞍で経験したとおり,天候が崩れホワイトアウトすると急に難易度があがります)。

 ということで,ことしも残雪のアルプスに挑戦しました(つづく)。

2012年6月26日火曜日

ヤマボウシ by.福岡県筑紫野市の弁護士ブログ



 ギボウシとくれば,姿からはアガパンサス
 名前からはヤマボウシを思いうかべます。

 が,きょうはヤマボウシ(山法師、山帽子)
 ミズキの仲間の落葉高木。

 白い「花弁」が白いずきんをかぶった山法師を
 連想することから。

 ミズキの仲間なので
 春先に咲くハナミズキによく似ています。

 福岡市中央区大名の専門学校の前に
 たくさんの花をつけていました。



 先ほど白い「花弁」と書きましたが
 実は,白い部分は,花弁ではなく,総包と呼ばれる葉っぱ。

 花は,その中央にある
 多数が球状に集合したもの。
 
 9月ころ果実が赤く熟し
 食用になるそう。

 立山に登ったとき,麓の温泉のわきで
 ヤマボウシの果実が赤く熟していたのが印象的。

 花言葉は,友情
 どうしてでしょうね?

            ちくし法律事務所 弁護士 浦田秀徳