さいきん、お能をみる機会が2度あった。1度目は『玉鬘(たまかずら)』と『春日明神』、2度目は『楊貴妃』である。場所はいずれも大濠公園能楽堂。シテ(主役)は順に今村嘉太郎、森本哲郎、今村嘉太郎の各氏である。
『玉鬘』(室町時代)の元ネタは『源氏物語』(平安時代)。玉鬘は頭中将と夕顔の娘である。頭中将(とうのちゅうじょう)は光源氏の親友でライバル。夕顔の元カレである。しかも交際当時、玉鬘という子までもうけていたというのであるから、光源氏も心穏やかでいられるはずはない。それが物語のドライブとなる。
夕顔は17歳の光源氏の恋の相手。可憐で美貌な女性で、素朴で奥ゆかしい魅力がある。垣根に夕顔の花が咲いていたことから夕顔。しかし、夕顔は廃屋での密会中に生霊に襲われ、19歳の若さで悲劇的な死をとげる。悲劇的な死をとげた美貌の女性の思い出が男性の心から去ることはない。光源氏はいつまでも心にわだかまりをかかえることになる。
玉鬘は人知れず筑紫で成長し、苦難の末、美貌の娘となって京に戻る。長谷寺でかっての二女・右近と奇跡的な再開をとげ、光源氏の養女となる。頭中将の娘である出自は伏せられ、その美しさゆえに多くの貴公子から熱い視線を浴びる。玉鬘は実父との再会を願う。
第22帖から第31帖までは、玉鬘を主役とした「玉鬘十帖」とも呼ばれる。いまでいえば『源氏物語』ヒット後のファンサービス。早死にしたものの、後日談を知りたいファンの期待に応えたスピンオフ作品だろう。
謡曲『玉鬘』は『源氏物語』に取材しつつも、違う人物造形のように思える。謡曲のあらすじはこう(http://www.tessen.org/dictionary/explain/tamakazura)。
【前場】旅の僧(ワキ)が大和国 長谷寺を訪れると、門前を流れる初瀬川を小舟に乗って遡る一人の女(前シテ)に出会う。初瀬の里の秋景色を眺めつつ、参詣を済ませた二人。その後、女は境内の〝二本(ふたもと)の杉”へと僧を案内する。この杉は、源氏物語の昔、玉鬘内侍にゆかりの木であった。運命に翻弄され続けた玉鬘の生涯を語る女、その物語に涙する僧へ、女は自分こそ玉鬘の霊魂であると仄めかすと、回向を願いつつ姿を消す。
【後場】その夜、僧の弔いの声にひかれ、玉鬘の霊(後シテ)が現れた。仏の救済を願いつつも、恋の妄執に囚われ続ける玉鬘。彼女はいくたび払ってもまとわり続ける乱れ髪に苦しみつつ、多くの男性達から想いを寄せられてきた生前の記憶を懺悔する。しかし彼女はそんな執心を翻そうと宣言すると、過去の記憶と決別し、ついに成仏を遂げるのだった。
旅僧(ワキ)が名所旧跡で現地の霊(前シテ)に出会い、後に正体(後シテ)を現して舞いを舞う二場(前場・後場)構成の複式夢幻能である。
複式夢幻能は、フロイトが創始した精神分析そのものである。精神分析は、意識下=無意識に抑圧された感情を葛藤を夢分析や自由連想法で言語化し、自覚(意識化)することで心の問題を治療する心理療法である。
主に、不安障害、強迫性障害、パーソナリティ障害などの治療に用いられ、深い自己理解と生きづらさの解消を目指す。複式夢幻能というくらいだから、夢分析そのものである。
能では言語化によるテラピーのほか、音楽療法も併用されている。音楽療法とは、音楽がもつ生理的・心理的・社会的な働きを活用し、健康の維持や回復、生活の質の向上を目的として行うリハビリの一種である。
歌唱、楽器演奏、音楽鑑賞など(舞踏を含めてよいだろう。)を通じて、認知症のケアや脳の活性化、ストレス軽減、身体機能の向上を支援し、高齢者から子どもまで幅広く活用されている。
舞台上の玉鬘だけでなく、感情移入していた我々もカタルシスを得ることができた。カタルシスは、心の中に貯まった悲しみ、怒り、不安などのネガティブな感情を解放し、すっきりと浄化された気分になる心理的な癒やし効果のことである。感激することによる観劇セラピーといってよかろう。
0 件のコメント:
コメントを投稿