2026年4月8日水曜日

太宰府万葉歌碑めぐり

 

 太宰府ロータリークラブは来年、50周年を迎える。記念事業や記念式典をおこなわなければならない。その実行委員長をおおせつかった。現在、実行委員のみなさんのご意見をまとめつつ、企画をねっている。

 記念講演は『万葉集講義』(中公新書)などの著書がある上野誠先生にお願いしているところである。あわせて、太宰府にある歌碑めぐりを企画している。

 わがクラブは創立10周年記念事業として、万葉歌碑を建立している。50周年の節目にそれらをあらためて、めぐってみようというのである。

 都府楼政庁跡前には、大宰府(むかしの役所は大宰府、いまの役所は太宰府)の長官であり筑紫歌壇の主である大伴旅人の歌碑がある。

 やすみしし我が大君の食す国は 大和もここも同じとそ思う

 律令官人である大宰師としてのたてまえの歌とされる。たてまえだけではつまらない。


 政庁跡の反対側には梅花の宴の巻頭歌がある。大伴旅人は山上憶良とともに筑紫歌壇を形成した。自邸に歌人官人を招いて梅花の宴をもよおした。巻頭は大弐紀卿の歌である。

 正月立ち春の来らばかくしこそ 梅を招きつつ楽しきを経め

 正月すぎて春が来たなら梅をみながら楽しく飲もうぜ 


 政庁の東、学業院跡には教科書で有名な山上憶良の子らを思う歌。

 瓜食めば子ども思ほゆ粟食めばまして偲はゆいづくより来りしものそまなかひにもとなかかりて安眠しなさぬ

 反歌

 銀も金も玉も何せむに 優れる宝子にしかめやも

 学業院跡にふさわしい親子愛。


 政庁の背後には四王寺山。かっては大野山とも呼ばれた。大伴旅人が妻を亡くした悲しみを山上憶良が詠んだ歌もある。

 大野山霧立ちわたる我が嘆く 息その風に霧立ちわたる

 夫婦愛の絶唱。ただし代作。大伴旅人も大歌人であるから自分でも詠めたはずだが、悲しみのあまり酔いつぶれていたのか。

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